一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.212 「Fukushima50」

フクシマ

福島の原発事故は私たち日本人が
一緒に背負っていくもの

先日、「ドキュメンタリー72時間」という番組を見ていたら、福島の浪江町のスーパーに密着取材していて、そこに買い物に来た家族の奥さんが九州の出身なのに浪江町に移住してきたそうで、その理由を「今回の原発の事故を福島の人だけに背負わせるのは違うなと思って」と言っていて、涙が出そうになった。なぜ浪江町に? には「人がすごくいいから!」と笑顔で。

そうなのだ。
福島の人だけの問題ではないのだ、あの事故は。
日本人全ての問題として、復興していかなければならないことなのだ。
ほっぺたを張られたような気持ちに感動と共になった。
当たり前のことなのに……。
鈍くなっている自分に気づいた。

2011年3月11日。もう9年もたつのだ。
2015年頃に25年後の日本を見てきたという霊能者の話をどこかで読んだのだが、25年後も福島は復興が進んでいなかったとあって、暗澹たる気持ちになった記憶がある。

阪神・淡路大震災も今年で25年。神戸の町もやはり、傷を残したままのようにも感じる。
しかし、何があっても前述の奥さんのような人がいれば大丈夫だろう。
日本人の一割が奥さんのような考えになれば大きく復興が進むはずだ(100匹の猿現象)。

それに、25年てあっという間なのだから。
長い時間ではないのだ。
いろんなことを癒すには短いとも言える。
特に最近はそう思う。

フクシマ

 

驚くべき現場の緊迫、決死ぶり
知られざる事故の顛末に驚愕!

本作は原発事故の日、現場で何が起こっていたのかを描く。
私はなるだけネガティブなニュースや事件を見たり聞いたりしないようにしている(のだけどどうしても見たり聞いたりしてしまう)。
それは、潜在意識にマイナス要素が刷り込まれるので、何かの時にマイナスの判断をしたりマイナス思考になってしまうから。
それもあって、津波や地震や原発の事故はほとんど当時ニュースを見なかった。
だからその日、内情はどうなっていたのかほぼ知らないのである。
で、本作を観て驚愕した。
本作は当時福島第一原発の現場で指揮をとった所長以下現場の関係者の証言で綴られたノンフィクションを原作にしている。

3月11日、津波により建屋は停電、
発電機は水没停止。
冷却装置が動かず溶けた燃料が格納容器を突き破り爆発の危機に陥る。
建屋2階にある中央制御室に取り残された当直長と運転員たち。
そして彼らを指示する緊急時対策室の所長、東京電力本店の面々、官邸のお偉方とそれぞれの思惑と正義が交錯し一触即発の緊迫したドラマが展開される。

フクシマ

 

ベント要員に次々手を挙げる男たち
命を懸けた崇高な行為に涙……!

爆発を阻止するために手動で圧力を抜くベントをしなければならなくなるのだが、高濃度被爆必至の中、誰が建屋に行ってそれをするのか?
決死隊に志願するものは次々手を挙げる。
もうこれ、戦時中の特攻隊と同じ。
自己犠牲の最たるもので、涙ぶあーっ!! でした。
彼らの姿に何度も涙しながら、だいだい原発マフィアに踊らされてこんな地震の多い国の海岸線に原発作ることからして間違ってんだよ、とか、アメリカが友だち作戦なんて言ってたけど、そもそもこの地震起こしたのアメリカじゃんかよ!(裏情報です)とか、頭の中はぐるぐるしていた。
でもでも、こんな状況でもここで描かれる日本人の行動や精神は日本人として誇れるものだろう(一部除き)。

実話を元にしているが、もちろん劇映画なのでフィクションである。
最後は綺麗にまとめすぎな気もしたが、それはしかたない。
しかし、あの日内部で何があったのか、少しは知ることはできた。
たぶん、知らない人がほとんどではないか。
まず、何事も知ることが最初なのだ。
それから、さて、私たちは一緒に福島の事故を背負っていくにはどうすればいいか?
個人個人で考えていこう。
25年後、復興が終わっているように……。

 

監督 若松節朗
脚本 前川洋一
原作 門田隆将
出演 佐藤浩市 渡辺謙 吉岡秀隆 緒形直人 火野正平 平田満 萩原聖人
堀部圭亮 小倉久寛 篠井英介 皆川猿時 田口トモロヲ 安田成美 佐野史郎

※122分
© 2020『Fukushima 50』製作委員会
※2020年3月6日(金) 全国公開
配給:松竹 KADOKAWA

 

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