一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.198 「ひとよ」

ひとよ

母親の殺人で壊れたかに見えた家族
膿みを出した後の安堵と諦観に共感!

ある夜、母親は帰ってくるなり「お母さん、今お父さんを殺してきた」
とふたりの息子とひとりの娘に告げた。

父親は家族に暴力をくり返し、母親も兄弟ももう限界だった。
母親は「おまえたちはもうなんにでもなれる。自由に生きていける。」
「でも、お母さんは罪を償わなくてはいけない。15年たったら必ず帰ってくるから」。
そう母親は言い残して警察に向かった。呆然とする子どもたち。
そして、15年後。
長男は地元で結婚したが、妻と離婚間近。
次男は東京で小説家を目指しながらも、今はエロ雑誌の編集者として悶々とした日々を過ごしている。
長女は地元のスナックで働き、しょっちゅう泥酔している有様だ。
そんな三人の前に母親が約束通り帰ってくる。
長男と長女は戸惑いながらも母親を受け入れる。
しかし、次男は自分たちの生活をむちゃくちゃにした人殺しの母親を許すことができない。
かつて営んでいたタクシー会社を舞台に、三人と母親、そしてタクシー運転者として入社してきた訳ありの男を絡めながら、家族の再生の物語が丁寧に感動的に描かれる。

 

殺人しようが、何しようが
「お母さんはお母さんだよ」それは正解

母親を受け入れず、頑なな態度をとる次男を見ながら、私が子どもの立場だったらどうだろう? と考えた。
正直「殺してくれてありがとう」だ。
殺人は極論だが、毎日毎日父親の暴力にさらされていたら父親さえいなくなれば、と願うだろう。そして母親が実行してくれた。
もちろん、心に傷は残るだろうし世間からのバッシングは辛いと思うが、次男より長女の心情に共感する。
長女は帰ってきた母親の布団の中に潜り込み、優しく抱いてもらい、母親に辛くあたる兄(次男)を非難し罵倒する。
殺人しようが、何しようがお母さんはお母さんだものって。

しかし、次男の屈折した心も分からないではないのだ。
小説家になりたかったけど、たいした小説も書けず、エロ記事ばかりを書く日々。
こうなったのは、母親が殺人を犯したせいだ、俺が小説を書けないのは母親のせいだ。
ならば、母親の事件のことを書いて小説家になってやろうじゃないか、と。
ゲス野朗なのだが、そんな次男も母親にとってはかわいい息子なのだ。

ひとよ

 

それぞれの家族にはそれぞれの事情あり
クライマックスは涙があふれ出た!

そして、母親が凄い! こんな子どもたちを前に「私は間違っていない」と殺人を肯定する。
こういう母親像は初めて見た。
でも、子どもを守るためには母親は殺人も辞さないものなのだろう。
この母親が崇高にも見えた。
演じる田中裕子がすっばらしい!
クライマックスのタイトルにも通じる独白シーンは涙がぶぁっとあふれ出た。
やっと、やっと家族が交わった。
でも、この家族もただのそこらにいる家族のひとつなのだ。特別でもなんでもない。
その家族なりの和解と再生があるのである。他人にはわからないのだ。
それぞれの事情は外からは分からない。
でも、事情があるのだと認識することは大切なことなのだ。
それが、人としての「優しさ」なんだろうな、と思った。

ひとよ

 

役者の好演が素晴らしい!
家族ってつくづく学び多しだよね

シリアスな内容ながらもコミカルなシーンも挿入し、ラストが読めない展開でこれは凄い面白い! と食い入るように観た。
もともとは人気の舞台で、白石監督がほれ込んでの映画化だと言う。
長女を演じた松岡茉優がスレているのにピュアな部分を残し、真っ直ぐで、がんがん私のツボにハマり大好きになった。彼女はこういう役、絶品の上手さ!!
佐藤健が珍しくゲスな役。セックスシーンもありで、新境地開拓。驚いた。
正直彼はすぐ消えると思っていた役者なので、最近のチャレンジぶりに意外も意外。
ラストのカーチェイスは胸がすく思いがした。次男の本音が泣けた。

百の家族がいたら百の忘れがたい一夜があるんだろうな。
でも、それはその家族だけの特別な一夜で、他人にはその思いは知るよしもないのだ。
家族だけの甘い夜なのだろう。
家族ってほんとやっかいでうっとうしくてしょうがなくて優しくて甘くて、手に負えません。
でも、大切なものなのだ。
しみじみそう思わせてくれるラストに拍手!

 

監督 白石和彌
脚本 高橋泉
原作 桑原裕子
出演 佐藤健 鈴木亮平 松岡茉優 佐々木蔵之介 田中裕子 音尾琢真 筒井真理子
浅利陽介 韓英恵 MEGUMI 大悟(千鳥)

※123分
©2019「ひとよ」製作委員会
※11月8日(金)TOHOシネマズ梅田ほか全国公開

 

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