一宮千桃のセンスアップ☆シネマレビューPART.189 「あなたの名前を呼べたなら」

あなたの名前を呼べたなら

メイドとご主人様の身分違いの恋
インド製の辛口極上ラブ・ストーリー!!

インドの高原の田舎出身のラトナはまだ若いがすでに未亡人だ。

彼女は実家に里帰りしていたが、都会でのメイドとしての働き先であるお金持ちの御曹司に呼び戻される。
御曹司は結婚が直前に破談になり、ラトナは新婚家庭に仕える予定だったが、御曹司に仕えるだけの日々に戻る。
何も言わず無愛想に仕えるだけのラトナだったが、傷心の主人の様子を見て自分の不幸な結婚のことを話したり、さりげなく気を使ったりする。
ラトナには夢があり、その夢を叶える第一歩として昼間の何時間かを裁縫を習いに行きたいと主人に申し出る。
そこからラトナの夢に興味を持った御曹司は優しいラトナに何かとプレゼントしたりするのだが、次第にふたりは惹かれるようになっていく……。

久々に抑制の効いたしっとりとしたラブ・ストーリーを観せられた気分。
ラスト、ぐっと胸にこみ上げる熱いものがあった。
秀逸のラストカットだ! ふたりの行く末を思いながらしばらく余韻に浸った。

あなたの名前を呼べたなら

 

ふたりの気持ちが交差しそうでしなくて……。
ヤキモキさせられる展開に息を詰める

メイドとご主人様。身分違いの恋。
階級社会であるインドで、この恋は実るはずがない。
しかも、インドで未亡人は一生亡き夫の菩提を弔って生きなければならないらしく、恋愛、再婚なんて夢のまた夢。
再婚どころか、化粧やアクセサリーもご法度らしい。
ラトナが田舎から都会に入ったところでバスの中でブレスレットをつけるシーンが象徴的だ。

リッチな高級マンションで、淡々とメイドの仕事をこなすラトナ。
終始目を伏せて暗い。
ほぼ笑顔なし。
ハンサムな御曹司はかつてアメリカでライターとして仕事をしていたが、兄の死によってインドに呼び戻され、慣れない父親の建築会社での仕事を手伝っている。
夢半ばでインドに帰った御曹司にとって、ファッション・デザイナーになるというラトナの姿はまぶしいものに映る。
愛想なしのふたりが段々接近していく過程が静かに、しかし実に丁寧に描かれる。
こちらは息詰まる気持ちで成り行きを見ている。
うまく行けばいい……と何度も思う。
でも、御曹司とメイドって……と難易度高すぎと何度も思う。
ラブ・ストーリーはうまく行かないのがイイ。
こちらはヤキモキさせられる。

あなたの名前を呼べたなら

 

人は愛する人をどのように愛するのか?
歓喜するラストと深いテーマと

ラトナが裁縫の材料を探してムンバイの店を巡るシーンが印象的だ。
ものすごい量と色の布やキンキラの装飾のアイテム。
これは買い物楽しいだろう。
ファッション・デザイナーを目指すラトナが着るサリーの色使いもお洒落で注目だ。
女性監督のセンスが光る。
また、ラトナが見とれて入った高級ドレスショップでは「出て行け」と警備員を呼ばれる。
差別されるシーンはリアルに随所に差し込まれる。

監督は本作で、「自分の愛する人をどのように愛するのか」「私たちはどのようにして人を愛する許可を自分に与えるのか」ということを問いたかったそうである。
そんなこと考えたことなかった!
そしてインドに横たわる階級についての考察も。

本作の原題は「Sir」。
敬称である。
ラトナは御曹司のことをずっと「ご主人様(Sir)」と呼ぶ。
御曹司は「名前を呼んで欲しい」とラトナに言う。
そんなこと、身分の違うメイドに出来るはずがない。
ラスト、歓喜してください。

 

監督・脚本 ロヘナ・ゲラ
出演 ティロタマ・ショーム ヴィヴェーク・ゴーンバル ギータンジャリ・クルカルニー
ラーフル・ヴォーフラー ディヴィヤー・セート・シャー
※99分

8月9日(金)~ テアトル梅田
8月17日(土)~ 京都シネマ
8月23日(金)~ シネ・リーブル神戸
※東京は上映中

© Inkpot Films

配給 アルバトロス・フィルム

 

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