ポタリングでどこまでいける? 熊野街道4 帝塚山から住吉、沢之町を経て大和川へ。

津守という名前は、住吉大社の宮司さんを代々勤められた一族の名前であるらしい。 津とは海岸べりのことでそれを守っていたのが津守という豪族であったと、池田屋本舗さんのご店主様に教えていただいた。

●姫松の交差点を南へ渡って万代池を探す。

前回のポタリングは、あべの筋を通って安倍王子神社をお参りし、北畠をチンチン電車といっしょに走り、姫松辺りまで来たところで終わった。
あれは桜の季節だったけど、もう8月も終わる頃となってしまった。

今回はまず、熊野街道の道標を見たと教えていただいた、万代池に向かう。
春には桜が美しい場所だ。

万代池には、池に住む魔物が熊野詣に向かう人々を襲っていると知った聖徳太子が、四天王寺からの使者に曼荼羅経をとなえさせて鎮めたとの言い伝えがあるそうだ。
そこからまんだら池が転じてまんだい池と言われるようになったとの説がある。
現在は、ばんだい池との読み方もあり、両方が使われている。

上町線の姫松を過ぎて帝塚山三丁目を越え、帝塚山学院幼稚園の前辺りから視線を左に移すと、木々に囲まれた万代池が見えた。熊野街道の道標はすぐそこにあった。

池の中央には小島があり、橋を渡って行くことができる。
池の真ん中に渡された橋を走るのは、池の上をポタリングしている気分。
小島には休憩スペースがあって、その前に古池龍王鎮座との石碑が祀られていた。
この石碑は、女の子を救おうとして溺れた先生を供養するために建てられたそうだ。

万代池から南へ。南海高野線の住吉東駅辺りの線路を越えて住吉大社へと向かう。
上を見るとチンチン電車の駅、神ノ木が見える。

 

●有名なお味噌のお店、池田屋さんを目印に、住吉大社の東へ。

住吉大社へ向かう熊野街道は、お味噌屋さんの池田屋さんを目指すとよいと教えていただいた。
住吉東辺りの踏切を渡り道なりに進むと、池田屋本舗さんがあった。
美しいその建物は、文化庁登録有形文化財に指定されているそうだ。
ご店主様のお話によると、この辺りは昔、住吉銀座と言われるくらい賑わっていてお店も多かったとのこと。
今はどちらかと言うと、住宅地のイメージ。
池田屋本舗さんは、「住之江味噌」で有名な創業488年の老舗。
現在のご店主様は19代目だそう。
泉州池田郷を治める由緒ある一族の出で、代々住吉村の庄屋をつとめ、幕末の頃は酒造と味噌醸造、明治の頃に今の名物「住之江味噌」を考案されたそうだ。
その名付け親は、住吉大社宮司津守国美郷と伝わっているとのこと。
天然の材料、天然醸造にこだわり、昔からの味を今も守っておられるご店主様は90歳だそうで、次の代、その次の代も跡取りがあるとうかがい、これから先もずっと味わえると、安心した。
住之江味噌は甘味があり、ご飯にもお酒にも合う。
ほんの少しでものすごく満足感が得られる。ご店主様に教えていただいた焼いたお茄子につける食べ方もすごくおいしかった。
お味噌汁用のお味噌も、野菜に合うもの、お豆腐を入れてもよいもの、お肉を入れてもおいしいものがある。
購入した合い味噌はまさにまったりとしていて、野菜のおいしさが際だつ味だった。
季節の野菜のお味噌汁は、こんなお味噌を使ってこそ、幸せを感じる味になる。


池田屋本舗さんは、設えも美しくあった。


楽しく興味深いユーモアたっぷりのお話を次々としてくださるご店主様。


もうずっと食べ続けたい住之江味噌と合い味噌。


お茄子とかぼちゃのお味噌汁住之江味噌とごはんの幸せ。

 

●住吉大社と津守王子

住吉大社は、初詣の賑わいと朱色の太鼓橋で有名な大阪を代表する神社。
昔は海が近くまで広がっていて白砂青松の美しい景色は、よく歌に詠まれ万葉集や古今和歌集にも数多くあるそうだ。