どうして生きるのだろう?~誰かを幸せにする小さな種になる。~

こんにちは、林真弓子です。
今日は、「生きる。」「生かされている。」
そんなことを考えさせられた経験について、ちょっとだけお話ししてみようと思います。

私は小さい頃から、「どうして生きているんだろう」とか、「死ぬとはどのようなことなんだろう」、とか、「この世で生きるって大変だな……」そんなふうに思ったり考えたりする、ちょっと変わった子だったんです。

大人になって、目に見えない世界のことをいろいろとお話するようになった今でも、特に何かがあったわけでもないのですが、こんなことを考えることがあります。

「どうして生きているんだろう」
「どうして生きなければならないんだろう」
「どうして生かされているのだろう」

そんなことを考えるときというのは、どんなときかといいますと、このときの私のようにふっと思いつくこともありますけれども、その多くは、何か人生で辛い問題集にぶつかったときだったりするのではないかと思うのです。

 

生きる意味って?

私たちが生きる意味ってなんでしょう?

自分がいい思いをするためだろうか?
たくさんお金があったり、贅沢な暮らしをしたり、何かのステータスを身に着けたり、すごいと言われたり、美味しいものを食べたり、友達がたくさんいたり……。
そのどれもがこの世で生きるのに魅力的なのかもしれませんけれども、どうも、どうしてもそれだけではないような気がするのですねぇ。

例えば、その1つひとつを自分の未来にあてはめてみます。
そのときに、未来の自分はどんなふうに想うのだろう、そんなふうにです。
すると、このどれもが、どうやらやっぱり違うように思えてならないのです。

どうして生きているのだろう。
「やっぱり、誰かのためなんじゃないかと思う。」

いつしか、そんな答えが浮かんできました。

「誰かと一緒に笑顔になって、誰かの笑顔と一緒に自分も嬉しい気持ちや幸せな気持ちになるために、そのために生まれてきたんじゃないかと思う。」

つまり、それが私たちの魂が「愛を覚える」ということであり、自分や誰か、その先の “大いなる宇宙さん”の光を強く大きくするというということなのかもしれない、と。

すべては愛。

嬉しいときも、楽しいときも、悲しいときも、辛いときも、その深い深い部分に流れているものは、これだけなのです。

 

この人生でどうしても辛いときには……。

辛いとき、こんなふうに思ったことがあります。

「自分なんかどうなってもいいと思う。
いつか必ずこの世を去るのだから。
こんな小さな自分ひとりが何かをしても大して変わることなんかないし、
自分がいてもいなくても、この世が変わるわけじゃない。」

そんなネガティブな想いも生まれます。
ですが、その次の瞬間に、こんなメッセージか入ってきたのです。

「必ず何かが動いている。小さなあなたの魂は、あなたがそこにいて愛のある想いを放射することで、またはただ存在するだけで、誰かの心の小さな何かが光に照らされるかもしれない、そう思うだけで嬉しいのです。そこで笑顔でいること、それでいい、それがいいのです。」

私たちは、この大きな宇宙の中の小さな小さな存在ですけれども、私たちがこの世で生きて、辛いことや悲しいことを経験して乗り越えるたびに、大切な“愛”を覚えます。
それはもちろん、私たち自身の魂の学びでもありますけれども、その学びがこの大きな宇宙の小さな学びにもなる、そんなことなのです。

辛くても、辛くても、生き切りたい、その先に私たちの魂を迎える幸せな未来と、温かで大きな光があります。

難しい人生の問題集が降りてきたとき、さきほどのメッセージを思い出します。

そして、私たち一人ひとりには、この人生での大切なお役目もあります。
その一つひとつが、誰かを幸せにする小さな種になっていきます。

生きている意味があります。
私たちが生まれてくる前に決めてきた多くの問題集をこの世で一生懸命に解くことが、いつか誰かの救いになることもあります。

私たちの魂は、小さな光を胸の中で放ちながら、そんなことにいつもわくわくしています。

私たちは護られています。いつも、いつも。
そして、その護りの存在たちは、一生懸命に生きる私たちを応援してくれています。

辛いこともありますけれど、もう少しだけ、生きてみましょうか。
この魂を照らす光がいつもここにありますから。

心から、応援しておりますね。
このご縁に、心から感謝いたします。
すべてのご縁のあるみなさまへ。

では……また……!

林真弓子

 

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