ココロセラピストと一緒に考える!「何を言っているかわからない人」について

「伝え方」を間違っていませんか?

コミュニケーションの重要性は僕も含めてあちこちで言われているので、そろそろ聞き飽きて来たころかもしれません。想い遣りが大事だ、マナーが大事だ、傾聴が大事だ、相手の要求を察するのが大事だ、あいさつが大事だ……。
どれも超がつくほど大切ですね。家庭でも学校でも会社でも、今後とも根気強く、ぜひ教え続け、学び続けて欲しいと思います。

今回は、そんなコミュニケーションのお話の中であまり重要視されていないけれど、実はものすごく重要なお話をします。全員には当てはまりませんが、放置すれば大問題になってしまうかもしれないリスクの高いお話です。

「あのさ……言ってる意味がわからないんだよね」

コミュニケーションのなかで、軽視されがちですがものすごく重要な事。それは「伝え方」です。TPOとか空気を読むとかの話ではありません。内容についてです。

たくさんの人と接しているとコミュニケーションの問題を多く抱えている人が数え切れないほどいて、それが人生においてネックになっている人は多いのですが、その中の何割かの方は、自分自身が何を言っているかわからない人と、相手が何を言っているかわからない人と接しているかというパターンなのです。

幼稚園の子や小学生などで、ムズムズしてトイレを我慢しているけれど、それを説明できない子ってたまにいますよね。恥ずかしいわけでも何でもなくて、忍耐で時が来るのを待っているわけでも無くて、とにかくトイレに行きたくてムズムズしている事をどうすれば解決できるかわからない子です。

殆どの場合、先生がその子の異変に気づいてトイレに連れて行ってくれるか、トイレに行って来るように促してくれると思います。もしかしたら叱られるかもしれませんが、とりあえずそれで一応は問題解決します。

子供の場合は、人生経験、社会経験が乏しいので「トイレ」とか「うんこ」とか「おしっこ」とか、率直に脳裏に浮かんだキーワードを伝えさえすれば、比較的大人が「トイレに行きたいんだね」と共感的理解を示してくれて指示や援助をしてくれますが、知力に問題が無ければ普通は成長と共に文法と共に思考と行動の流れを理解し説明したり行動したりできるようになります。

生きていく上で不可欠な力

しかし、不思議と大人になってもこの能力が身につかない人が多いのです。
知力に問題があるわけでもなく、義務教育や高等教育を受けている人の中にも、言葉で説明するに至らない人が少なくないのです。

その手の人と関わってしまうと、とにかく苦労します。プライベートなら、開き直って「用も特に無いし、そろそろ解散しようよ」で済むのですが、これが仕事だったりすると非常に困ります。

指示を出しても指示通り動かない。
反抗的でも無ければ、能力が欠落しているわけでもない。
でも、何故指示通り動かないのか、聞いても「わからない」という。こういう人、身近に何割かいませんか。

叱ると凹むし、褒めると喜ぶ。感情に障害があるわけでもなさそうなのに、自分自身の状況をいくら待っても聞いてみても教えてくれない。仕方が無いので、こちらから思いつく限りの指示に従わない理由を考えて100回くらい聞いてみると、どうやら別の上司から異なる指示がでていたようだった、という具合。
ちなみに、部下はどちらかを恐れているわけでも見下しているわけでもなさそうだ。ただ、それを言語化して説明できず、何らかのアクションを取る事も出来ず、ただ何もしないで誰かが何とかしてくれるのを待っているのです。

確実に知力や学習能力に問題が無いと断言できる場合は、成育歴における感情や情報処理能力を鍛える場が無かったのかもしれません。
しかし残念ながら「仕方ない人だな…」では済まされません。こういう時、当事者はもちろん辛いと思いますし、関わった人も辛いと思います。

今更「育て方を間違えたのかな?」と言っても始まりません。そういう時は、とにかく感情や思考を上手に表現できるリハビリをした方が良いのは間違いありません。病名をつける気もありませんし、それを障害だと言うつもりもありません。ただ、そういう時は軽視したり放置したりせずカウンセラーやセラピストに相談して欲しいのです。

おそらく当事者自身はそこまでのプロセスを思いつかないと思うので、もしそんな彼らがあなたにとって重要な人だったら、無理強いしない程度に理由を説明してセッションを勧めてあげて下さい。