ココロセラピストが語る!? 『アツサム問題』から考える!? ~私はあなたではなく、あなたは私ではない話~

暑い

おはようございます!

今、目が覚めました。
夏の暑さと無駄な忙しさで、最近記憶が飛びまくっています。
見えなくていいものも、見えるし。幽霊か、幻覚かわからないけど。
ひとつ言えるのは、疲れてるんだろうな、僕……という話。
とにもかくにも暑いですからね、夏は。

もちろん、暑いのも、忙しいのも、自分だけなんて思ってないし、みんな、この時期、それなりに苦労しているのもわかっているし、頑張っていると思うからこそ、みなさん、いつもありがとうと言いたいです。
あなたが、いつも頑張ってくれているから世の中って回ってるんだと思います。

それにしても、仕事が終わると気が付くと意識を失っていて、プライベートな時間があるんだかないんだか。
記憶も曖昧になってくるし寝ても食べても回復せず、大丈夫なのだろうか。

 

アツサム問題とは?

夏のストレスのひとつに『アツサム問題』というのがあります。
これは僕が勝手にそう呼んでいるだけなので、無理に覚えなくて大丈夫です。

では、アツサム問題とは何か、説明します。
夏は暑いんですね。当たり前ですけど。外は暑い。
でも、室内って現代ではほぼエアコンがついているじゃないですか。だから、涼しいんです。

節電をやたら強調しているお店などは、なんとも微妙なので汗がひかない程度には暑いです。
でも、どちらかといえば、涼しいか、やや寒いんですよね。

でね、必ず毎年一人はどこかで見かけるんですよ。室内のエアコンにケチをつける人。
「寒い!」って。大抵、嫌味っぽく言うか、半ギレでいうんですよ。
個人的には、その意見、納得がいかなくて。

議論を交わしたいわけじゃないですよ。エアコン苦手な人、いますから。
たとえば、「じゃあ、エアコン、弱めましょうか?」というと、どうなるか。
「ふざけないで! こんなに暑いのに!」っていう人が一定数出るんですね。

それで、どうなるかというと、エアコンをつけた人が悪人に仕立て上げられて、クレームを一身に受けなければなくなるわけですよ。
これで、誰が悪いわけでもないけれど、実にくだらないバトルが始まってしまうことを、アツサム問題と僕は呼んでいるんですね。

生々しい話ですが、人間って結構、温度に左右されるので、自分に適さない温度だとイライラしてくるんですね。
特に暑いと、そうなると僕は思っているんですが。
でも、先に、クレームつけてくる人って、何故か「寒い!」なんですよね。

暑い

 

アツサム問題に対する考え方

最初に断っておくと、これは正解ではないです。ただの僕の意見です。
なので当然、違う意見の人がいても良いのですが「へぇ、そういう考え方もあるのか……」程度に頭に留めておいてくれると嬉しいです。

まず、夏は暑いんです。たぶん、当たり前なんです。
ここまでは、たぶん、誰もが理解してると思うんですね。

次です。
ここが重要なんです。

少なくとも21世紀の日本ではエアコンは、何処にでもあると思うんですよ。
エアコンが苦手な家系? 個人? もいますし、冷え性な人も多いと思います。
でも、一般的に、夏って、室内は大抵エアコンをつけるんですよ。特殊な事情がない限り。

何のためか。
暑いからですよね。室内を涼しくしたいからエアコンをつけるんです。
必ずしもエアコンで万人受けする適温になるとは誰も思ってないですよね。

でも、汗が引かない温度に設定してしまうと、あまり意味がないですよね。
そうなると、やや涼しめに設定しておかないと、ちょっと温度設定を変えると瞬時に暑い部屋に戻ってしまうんですよ。

暑いと、いくら服を脱いでも暑いし、具合が悪くなって倒れますが、エアコンが寒すぎて倒れたなんて話は少なくとも聞いたことがありません。
夏は、外は暑くて、室内はエアコンで涼しいんです。
なので、寒がりな人は、着脱しやすい羽織やひざ掛けを持ち歩くと良いんじゃないかって思うんですね。

外出先って、ほぼ決まってますよね。
同じ会社に通い、同じスーパーに通い、同じ学校に通う。
毎回、同じようなところを使用しているのですから、「ここは、これぐらいの温度だよな……」っていうのは、経験的に学習できていると思うんですね。

それだったら、なおさら、いつも寒いと思っているなら、それこそ羽織かひざ掛けを準備しておけば良いと思うんですよ。
毎日本当にみんなが寒いと思っているなら、大多数が「設定温度をもう少し高くしない?」って意見が一致して変更されると思うんです。

少数派の意見を軽視しているわけじゃないですよ。

何が言いたいかっていうと、自分の意見を主張することも大事だけど、自分の希望通りにならないからと言って、嫌味らしい言い方をしたり、半ギレしたりするのは、どうなのかなって話なんです。

もちろん、誰かのパワハラで、周囲の意見を無視して独断で温度設定を好き勝手している人がいるのなら、そっちが問題ですけど。

暑い

 

自分の気持ちと相手の気持ちは必ずしも同じではない!

『アツサム問題』は例としてわかりやすいので話したのですが、実は他のことでも言えます。

たとえば、いじめ。
加害者って、案外、自分が加害者である自覚がないんですよ。
僕も、過去を振り返るたびに、後悔するようなことってありませんか。

子供は、たたかいごっこが好きですよね。
でも、次第にエスカレートして誰かが泣き出すのがオチという。たたかいごっこの良し悪しの話じゃなくて、結果論です。
これって、遊んでいる最中に、少なくとも楽しくない、あるいは、悲しい、やめたいと思う子がいても、やめてもらえないと大問題に発展するんです。

特に、いつの間にか『やられ役』が固定されると、その子が、ひたすら、やられ続けるわけですよ。
そこで「もう、やめる!」っていうと、どうなるか。
「自分が嫌な役だからって、急にやめるとかいうの卑怯だよ!」と、追い打ちをかけるんですね。

もう少し大きくなると、大人もそうですが『いじられキャラ』っているじゃないですか。
本当はいじられたくないけど、そうせざるを得ない状況があって……みたいな。

たたかいごっこも、いじられキャラ問題も、そうなのですが、共通して言えることは、あとあと、問題が起きた時に「なんだかんだいって、その立場を続けてたじゃない?」「まさか本気で嫌がっているとは思わなかったし」「……っていうか、楽しんで、受け容れているんだとばっかり思っていたよ……」なんていうわけですよ、加害者が。

本気でそう思っているかどうかは微妙ですが「自分が不快に感じていないから、相手も不快ではないんだろう」って思うのって、他者の立場や気持ちを考えられていないってことでもあるんですね。

自分がどう思っているか、何を感じているかって、とっても大事なんです。
でも、他者の立場や気持ちを考えてあげることも、ものすごく重要なんですよ。

クレーマーって、ほとんどが自称被害者、自称正義なんですよ。
「お互い様」って言葉を知らない。自分が不利になったときだけは、その言葉を思い出すんでしょうけど。
言いたいことがあるのは、誰だってそうですが、感情むき出しにする前に、数秒くらいは相手の立場や気持ちを考えてから発言する習慣を身に着けることが大事なんですよ。
命のやり取りをしていて一瞬たりとも判断を遅らせるわけにはいかないっていう状況以外なら。

妥協も含めて双方が『WIN-WIN』、『HAPPY-HAPPY』になるような、最低でも、今以上にトラブルを大きくしなくて済む方法、リスクを最小限に留める工夫ができると、かっこいいんじゃないかなって思います。

相手を変えることよりも、自分を変える方が楽だし、無駄なトラブルを避けられます。
くだらないことで目くじら立てずに済む生き方を目指しましょう。

 

《ココロセラピストTATSUMI さんの記事一覧はコチラ》
https://www.el-aura.com/writer/%E5%B1%B1%EF%A8%91%E9%81%94%E5%B7%B3/?c=6713