情報弱者TATSUMI
自分で言うのもなんですが、僕はたぶん情報弱者にカテゴライズされると思います。
自虐的になっている訳ではありません。
気が付いたら、情報があまりない生活をしていたのです。
「いやいや。スマホがあれば、なんだかんだで情報なんて嫌でも入ってくるでしょ?」なんて、思う人がいるかもしれません。
でも、僕は何を隠そうスマホを持っていません。
現役ガラケーユーザーだったりします。
気が付けば、無料で見られるニュースは消滅し、星占いも天気予報も見られなくなりました。
「サービスがなくなったなら料金をもっと安くしてくれても良くない?」なんて思うこともありましたが、特に大きな不満もありませんでした。
次第に、そんな日常に慣れると占いも天気予報も、ちょっとしたニュースも気にならなくなってきました。
PCはデスクトップを持っていますが、古くて起動が遅いです。
ネットもつないでいるにはいるのですが、正直ショボいwi-fiを使っているので、youtubeなんて見ようものなら一気に通信制限がかかって動かなくなってしまうレベルです。
なので、ちょっとしたwebページを見ただけで重量オーバーになってしまいます。
なので、実際は仕事などのメールのやりとりくらいしかネットも使っていません。
まぁ、世間一般から見たら僕は、かなりの奇人変人に映っている事でしょう。
情報を制すものが時代を制す!?
この情報社会に情弱がよく生きていられるなと思うかもしれません。
でも、現に僕は割と楽しく生きているので案外情弱でも大丈夫なのかなと思ったりもします。
といっても、情報弱者という言葉の認識にもよりますよね。
情報量が多い少ないだけを基準にカテゴライズされたら僕は間違いなく情報弱者です。
ネタとして自分を情弱と言っていますが、本音を言えばコンプレックスに思うほどの情弱ではないと自分では思っています。
自意識過剰かもしれませんが、限られた情報でも情報をきちんと識別し、見極め、使いこなせるなら何も問題ないのです。
情報過多な時代だからこそ、本当に必要な情報とそうではない情報を常に分けていかなければなりません。
情報の海に飲み込まれて溺れてしまっては意味がないのです。
自分の情報許容量がどのくらいかといえば個人差があるので何とも言えません。
ただ、胃袋と同じで許容範囲を超えると消化しきれなくなってしまうのです。
古い情報、少ない情報だけで、情報がアップデートされず、頭が凝り固まってしまっては手遅れかもしれませんが、そうでなければQOL(人生の質)はそれほど悪くなることはないと僕は思っています。
もちろん、環境にもよるので情報量が少ないと致命傷になる人もいないわけではないので、絶対的な話とは解釈しないでくださいね。
世間はパンデミック!?
気が付けばコロナウィルスが世界的に大流行。世間からマスクが消え、トイレットペーパーが買い占められ、今じゃ、なぜか納豆まで入手困難になっています。