ココロセラピストが語る!『QOL』とは?~人生の質について本気で考えた事はありますか?~

誰かに押し付けられた『人生のレール』は、辛いですよ。

テストの点数を上げる。学歴を手に入れる。エリート社員になる。これらも素晴らしいと思いますが、ここでテストの点の低い人を見下したり、学歴の無い人を鼻で笑ったり、非正規雇用者や、失業者を軽蔑するような人は、心貧しい人なのです。そんな人は、誰からも尊敬されませんし、友達もいません。愛されませんし、ものすごく寂しいと思います。問題発言かもしれませんが、真正のサイコパスであれば、それでも本人的には高い『QOL』なのかもしれません。ただし、そういう人は恨みを買いやすいですし、敵も増えるので、本当に高い『QOL』なのかどうかは僕には疑問です。

もちろん、一人でいる時間が多い方が幸せと感じる人もいて良いのです。
ただ、それは差別でもなんでもなく、その人らしさなのです。一人で何かに没頭したりすることが楽しいとか、幸せと感じられるのであれば、その人にとってはそれが高い『QOL』なのです。

人間は本来、自由に生きて良いのです。でも、無秩序過ぎるとバランスが取りづらいからある程度は枠がありルールがあるのです。しかし枠の中だけが世界のすべてと思い込んでしまうのは大問題です。それは人生の世界を狭めてしまうということだからです。可能性は枠の外にあるのです。可能性無くして発展はありません。進歩もありません。それは覚えておいてください。

 

成功者と『QOL』

天才と呼ばれる人たち、イノベーターと呼ばれる人たちは、変人が多いと言われています。
人間性が乏しいという意味ではありません。彼らは上手に枠の外に出られた人たちなのです。

彼らは先ほど述べたステレオタイプの『人生のレール』の上にいたから成功者になれたわけではありません。
多くの人たちが生きている『不可視の牢獄』の外に脱獄出来たからからこそ、彼らは自由に、かつ大胆に自分らしさを発揮し、『QOL』を上げたのです。

 

普通という名の『QOL』

「私は別に天才じゃないし、成功者とか、億万長者とか目指してません。普通で良いんですけど……」という人も、当然多いと思います。
その通りだと思います。みんながみんな『意識高い系』になる必要はありません。ちなみに『系』は偽物です。本当に意識レベルが高い方は、悶々として自滅したりしません。

さて。ここで『普通の幸せ』について考えてみましょう。
これがまた難しい話なのです。天才と言えば常人を越えた発想や能力を持ち、想像を絶する何かをやり遂げるというイメージがあると思います。でも、普通ってなんでしょう。

『普通の人生のレール』ってどんなレールですか。
一流じゃなくて良いから、仕事があって、安くても良いから給料が貰えて、ある程度辛くても良いからクビにされにくくて、結婚相手も、別に何の取り柄も無くても、容姿が悪くても、無害なら良くて、とりあえず子供もいればいいかな……的なイメージでしょうか。

ちなみに、もし、そのようなイメージが浮かんできたら危険です。
というのも、それはたぶん普通ではなく、どちらかといえば悪い方向に意識が向かっていると思うのです。

別に一流じゃない学校に行って、一流じゃない会社で、出世しなくても良いですよ。
それでも高い『QOL』は望めますし実現可能です。ただ、何故そこまで無気力なのでしょうか。一流なんてまったく目指さなくても良いのですが、意識を何処に向けたいのかをもう少し明確にした方が良いです。
なんというか、流されているだけでで「ただ生きているだけ……」だと『QOL』は高くならないと思うのです。
モチベーションが大事だよ、という事ではなくて。

たとえば特に「目立たない学校に入ったけれど、気がめいるような競争もなく穏やかで、肯定に咲いている花が美しいと感じた。これを毎日眺めるのがとても楽しかった!」とか、そこで幸せや満足感を得られたのなら、その人にとっては『QOL』が高いと言えると思います。

「ただ、何の意味も無く、楽しくも無く、みんなが学校に行くから事務的に通学して卒業した……」では、『QOL』は決して高くならないのです。
満足感がないからです。
そもそも、それだと本当に学校に行く意味があるのかさえ疑問です。