「さて皆んな。
まあ、ここに集ったのも十重二十重に重なりあった魂の因縁によるものだろうねぇ。皆でそれぞれのお仕えする寺社に祈願する人々の心が晴れるように働く事が、いつかヤマトの呪詛を弱めることにつながるのだからねぇ。小さな願いからで良いんだ。
人が不満や憎しみを持つと、古代ヤマトの呪詛は発動してしまう。合格祈願から恋愛成就、商売繁盛なんでも有れだねぇ。人々の心が喜びと安心に満ちれば呪詛は人々の心に影響できない。
武器があっても争いがなければ武器は使われ無いのと同じことだねぇ。
日本武尊様も平将門さまも、ここに住む人々のために、呪詛を解きたかったに違いない。しかし封印するので精一杯だった。
お近くにおわします浅草観音様は古代ヤマトの呪詛とは真反対の、人の地縁・前世縁・先祖縁を通して、人々を和ませ安心させ、結ぶ御存在だねぇ。
観音様のお近くに我々が居るのも、呪詛を抑えて、いつしかは散在する将門さまの魂が『ちゃ』のように元に還り、一つの大きな御神霊になり、日本武尊様ご兄弟が天界でお揃いできるように仕組まれているのではないかねぇ。」
【 狐眷族『長老』。後輩眷族へ博識をもって威厳をみせる?】
先ほどまで長老狐だった翁の姿をした存在は、光輝くジイさんの姿のままニコニコ顔で眷族たち全員の頭を手で撫でて回った。
グラウも甚六も叱られた後の犬みたいに抵抗せずに頭をぽふぽふされ、耳をぺちゃんこにしたまま辺りを見ていると、野次馬で訪れていた界隈の龍やカッパも逆らえ無いままぽふぽふされていた。
「じじぃ。何かしただろう? ここに集う眷族連中はもっと威勢がいいはずなのに皆んなおとなしくなっちまった。」
グラウがかすれた声で翁に質問する。
甚六も「長老は本当は下谷神社か湯島天神……谷中神社……いや……浅草寺の天狐様なんじゃあ……。」と、質問を重ねる。
翁はくるんと回転して老狐の姿に戻り、目をにゅーっと細めて答える。
「いや、何もしとらんよ。皆が可愛くて可愛くてねぇ。
それにワシは長ぁくこの界隈にいるだけの狐だねぇ。」
甚六もグラウも「ウソだぁ」と思ったが、長老の話がまだ続いていた。
「湯島天神も神田明神も、人間が祟りを恐れ、力のある神様の神社に道真さまや将門さまを後から加えて祀ったのだよ。湯島は天岩戸をこじ開けた手力男之命さまが元の御祭神だねぇ。抑え込んでもらうつもりだったのかねぇ。失礼しちゃうねぇ。」
「 ぽー ぽー 」
まだ暗いが
一番鶏ならぬ、土鳩の鳴き声が響いてきた。
眷族世界の暗黙のルールで一番鶏が鳴いたら持ち場に帰らなければいけない。もうこの辺りでは騒音扱いされてニワトリはいないので夏は土鳩、冬はユリカモメの声が一番鶏だ。
長老の独演会状態のまま、この日の自然発生的な集会はお開きになった。眷族たちは、皆静かに姿が消え帰ってゆく。野次馬で参加した者は面白い話を見聞きした満足そうな顔。縁あって居合わせてしまった者は、もっと知りたい・知らなければならない真実がある気がした表情で……。
謎を暴き捲った長老もいつのまにか消えている。
「またな。」狼のグラウは猫のちゃと狐の甚六に鼻先を向けて挨拶してふーっと消えた。
「ああ。」狐の甚六はちゃと一緒に全員を見送ってから祠の際に座った。
眷族たちは『自然の法則のようなものの一部』だから、こういう切り替わりはあっさりしている。
静かになった祠の上空には、ビルの隙間越しに夏の早起きな青空が広がっていた。
もうすぐ蝉も鳴き出す時間だ。