【 見習い眷族仔猫『ちゃ』の記憶を手繰る時空の旅は続く…… 】
この時代の戦は名乗りを挙げての一騎打ちなはずだが、この戦にはそのような作法や礼節は通用していない。
敵の騎馬兵の後方から、ヒュンヒュン音を立てて矢羽を鳴らして毒矢が騎乗の将門たちに向けて射られ続ける。幸い将門軍には矢が当たっていない。
矢は軌道から不自然な角度で将門さまから外れて落ちる。名乗りもなく騎馬で突撃してくる敵の槍や太刀が将門軍を狙うが、絶命させるような傷は一つも負わせてはいない。
【 見習い眷族仔猫『ちゃ』。別名『タチバナ』の魂の行方は…… 】
薬葉が仔猫のタチバナを守る名目で施す術は将門さまを守れている。少なくとも昼頃までは……。しかし朝廷方の徳の高い僧侶がそれに気づかぬわけが無い。
午後になって突如、将門討伐の加持祈祷はより強力なものへと変貌。呪詛の旋風が仔猫に向けて押し寄せ、タチバナの魂は将門様の胸から弾かれて氷のように砕け散った。
このときタチバナの魂のかけらの九曜紋のある部分は、同じ九曜紋を持つミヤマとサガミを包み込みミヤマの依り代の腰の太刀の鞘に避難させる。ミヤマとサガミは間一髪で敵の加持祈祷の力で封じられはしたものの、鞘の中でその存在は保たれた。
一方、タチバナの他の魂のかけらたちは空間全体に散らばってしまう。ここから先は藤原秀郷が活躍した場面と同じ時間軸だ。
【 『グラウ』と『ちゃ』の時空の旅の終わりは…… 】
今はちゃの魂の記憶(というより記録)を追っているので、時間は急速に早送りになった。
砕けた魂のかけらは、かすかな光や些細な電気のような存在として、長い時間をかけてゆっくり集って一つのパーツに融合してゆく。が、まだ全てのパーツが揃わず空間を漂ったり何かの隙間に潜んだりしてしながら、偶然パーツ同士が出会うとふわふわした光の珠に育つのを続けている。
光は九曜紋のあるかけらが封じられた鞘のありかを求めて微かな動きながら武蔵の国へ向かい、融合を続ける。
600年程して、太刀の鞘に封じられていた天狼と霊狐が天海僧正によって解放され、仔猫の九曜紋を持つ魂のかけらも解き放たれた。
その魂のかけらは、他の自分だった魂のかけらたちがある程度融合し、時に同じ金茶の虎縞の仔猫の魂に間借りし、人に愛される事で猫の記憶を取り戻せたことで九曜紋を持つ側と融合して、全てが揃ったのは平成の世。
1000年近く経ってようやく仔猫の姿になる。
【 時は現代に戻り、眷族達は大いに語る…… 】
「そしてグラさんと出会ったんだな」
そう言った甚六は、また泣いていた。
「ああ、偶然ではなかったってことかぁ」
グラウは連続した時間潜行で少し疲れを感じながらも、ちゃと甚六と目を合わせてうなづいた。
少し、しんみりした空気が甚六の祠周辺に満ちたが、それはすぐに観衆の元気な若狐たちによって打ち破られてしまう。
「ねえねえ。どうして薬葉さんは負け戦ってわかっていてタチバナをお守りにしたの?」
「将門さまのお子の安倍晴明はどうして加勢してないの?」
「歴史で伝えられている戦場と場所が随分ちがうよね」
質問の嵐に答えたのは、ここでも長老で、グラウも甚六も、うんざりするくらい自分達や将門さまの事を知っているであろう長老の話に聞き入ることにした。