【 見習い眷族仔猫『ちゃ』。別名『タチバナ』とは…… 】
巫女たちの会話のタチバナとは仔猫の『ちゃ』のことだ。この巫女たちも神、霊や眷族が視えるのか。霊狐の甚六をサガミ、天狼のグラウをミヤマと呼んでいる様子だ。
サガミは日本武尊が迎え火を放って弟橘比売を守った相模の地。
ミヤマは三峯の山々の深山と三山を掛けたものか。力のある眷族は、人に名を名乗る事は無いから、正国(晴明)か薬葉が付けた仮の呼び名だろう。
グラウは『ちゃ』は何処にいるかを探しているうち、自分の目線が『ちゃ』の目線でいた事に気付き、俯瞰から眺める自分本来の目線に変えた。
ちゃ=タチバナは、今の『ちゃ』と変わらぬ姿で、薬葉や他の巫女の肩や髪に戯れたり、命の有る猫たちとじゃれたりしていた。猫たちは式(式神)となったタチバナがわかるようで、タチバナが戯れて飛びつくのに付き合って左右に尻尾を振っている。
タチバナは猫霊の『式』となっても、何か特別な力があるわけでは無い。無邪気で、生まれてから舟小屋で絶命するまでの間とはいえ、将門さまが手に抱いて愛おしんだ猫たちの一匹である事、それだけで将門さまの魂と繋がっている。
戦の時、同時刻に敵対する者を滅ぼす加持祈祷が行われるのがこの頃の合戦の常である。明日にも火蓋が切られようとしている戦では、強力な不動明王の加持が行われると聞く。
以前の戦では、薬葉たちが将門さまを守ろうとして術を使っても、既に敵が将門さまに仕掛けた呪詛により跳ね返されてしまっていた。
術が跳ね返されるだけではなく、薬葉や弟子の巫女をはじめとして霊力が強い者は、将門さまに声の届く距離に近付くだけで焼かれるような痛みや目眩に襲われる。手助けできぬようにされていた。
その経験から、タチバナを敵の妨害の盲点を突いた将門さまの『お守り』にした。
魂になっても乳飲み仔猫のタチバナは、敵方の呪詛の標的にならない、強い霊力が無いがゆえに、敵の呪詛に阻まれずに将門さまの側に居る事が可能だ。将門様に付いていれば『タチバナを守るため』に術を行う事で将門さまを守れる事になる。
【 見習い眷族仔猫『ちゃ』。『将門』との縁とは…… 】
通力を持たぬタチバナは自力で将門軍の隠し陣地まで向かうが、遊んでくれたおとなの猫たちの魂魄がうたた寝の体から抜け出して将門の胸元まで一緒に飛んで導いてくれた。
やや頬が痩せて見えたが将門さまの姿を見つけると、タチバナはその胸に身を潜める。
猫たちはタチバナが将門さまのお守りとして届くことが出来たのを見届けるとそれぞれの生きた体に帰って行った。
場面は時間を飛越し、先程のグラウと甚六が太刀の鞘に封じられる直前の戦場へと変わっていた。
時は天慶三年(西暦940年)旧暦2月14日。
ミヤマと呼ばれていた天狼と、サガミと呼ばれた霊狐が将門軍を援護する空の下、タチバナと呼ばれていた仔猫霊は、必死に愛してくれた武将の胸=幸御霊にしがみついていた。武将に向けられた呪詛はタチバナを守る術が跳ね返えす。薬葉が策を練ったとうりに、仔猫霊は将門さまのお守りとして役に立っていた。