第五段 故御息所の葬送
更衣のご臨終の際は、慣習どおりにたてまつりました。
母である北の方は、娘と同じように灰になって死んでしまいたいと泣き明かされました。
葬儀の際、北の方は葬送の女房の車に後を追ってお乗りになりました。愛宕というところでとても厳かにとりおこないましたが、愛宕にお着きになった北の方のお気持ちは、どのようなものだったでしょう。
北の方は、「むなしい亡骸を見るうちに、いまだいらっしゃるものと思いますが、それはとても無駄なことです。
灰になられるのを確認し、今は亡き人と思いひたりましょう」と、気丈にふるまっておられました。
しかし、人々は、車から転げ落ちるほどうつらうつらとされていたと、そのように思いついては、ひどくわずらわれたように噂したのです。
葬儀のあと、母北の方へ、内裏から使いの者がきました。
なんと女御の三位の位を遺贈いただき、使いの者がその宣命を読みました。
北の方はますます悲しくおなりになりました。
生前、桐壺の更衣は、女御とも言われずじまいでした。
帝は、灰となり開かぬ口を惜しく思われ、いまになってぜひ立派な位をと、贈らせたものでした。
これについても憎む人は多くいらっしゃいました。
北の方が思いふけって知るところ、姿や容貌などがとびぬけて素晴らしく気配りのなめらかなことへ、憎しみがたかることを、今まさに思いつかれたのです。
見苦しいもてなしの数々は、ひどい嫉みを買ったことが原因なのでしょう。
生前、桐壷の人柄には愛情や情けのあるお心があったため、帝の女房などは桐壷を恋しく偲びあっていました。
亡くなってこそ偲ばれる人柄とは、このようなところで見えるものなのです。
(画像出典:Wikipedia)