こころのセルフケアは、 本当はひとりでやらない方がいい!? 精神科医 大野裕さんインタビュー

こころ

【チャットボット「こころコンディショナー」でこころのセルフケア】

「コロナうつ」という言葉が生まれるなど、新型コロナは人のこころにも悪影響を及ぼしています。
もともとストレス過多と言われていた現代社会に、さらにコロナが加わった今、どうすれば「こころの健康」を保てるのか。

さまざまな精神疾患の改善に効果をあげている、認知行動療法の第一人者、精神科医の大野裕先生にお話を伺いました。

 

—— コロナの影響でうつ病になった人は本当に増えているのですか?

大野裕さん:
まだ明確なデータは発表されていないので、病気としてのうつ病が増えたかどうかはわかりません。
しかし、残念ながら、自殺者は日本では増えています。ですから、より多くの人がストレスを抱えるようになったと考えて間違いないでしょう。

なかでも、人と自由に会えなくなったこと、人とのつながりが以前よりも希薄になったことが、多くの人にとって大きなストレスになっていると思います。

—— ストレスが解消できず、不満や不安ばかりがたまれば、気分が落ち込み、やる気が出ない、うつ状態とうつ病はどう違うのですか?

大野さん:
うつ状態というの、気持ちが沈み込んでいる状態を一般的に指す言葉です。一方、うつ病というのは、落ち込みが強くなって医療機関を受診した方が良い状態です。

たとえば、仕事上のミスで落ち込むことは誰でも経験しますね。それでも、数日経てばまたもとのように元気になってきます。

しかし、何らかの理由で、落ち込んでまったくやる気が出ない、眠れないし食欲も出ないなどの症状が数週間続き、日常生活に支障をきたすようになったら、うつ病の可能性が高いと考えられますので、医療機関を受診して相談した方が良いでしょう。

 

【認知行動療法を使った「こころを元気にする4つのステップ」】

—— ストレスを感じているときにはたときに、日頃からこころをセルフケアすることはできますか?

大野さん:
はい。後で少し説明しますが、私が専門にしている認知行動療法の考え方を使ったセルフケアが役に立つと思います。

認知行動療法というのは、何か出来事を体験した際、私たちのこころに浮かんでしまいがちな極端にネガティブな考えや行動を修正することによって、こころを整え、気持ちを軽くするアプローチです。

何かつらいことや嫌なことがあった際に、多くの人がネガティブなとらえ方をしますが、じつはこれ自体は悪いことではありません。「嫌だな」「疲れたな」と感じたら、体はそこで一旦、立ち止まります。

そこで立ち止まって「こころを整理する」のです。
いま自分が体験したことについて、いろいろと情報を集めてみて、この先にどう対処しようかと考えるのです。

その際に、「たしかに困ったことが起きているが、どう対処すれば良いんだろう」と考えて冷静に問題に対処できれば前向きに進んでいけます。そうしたつらい体験を通してさらに成長することもできます。

私たちは、こころのなかでこうした処理を自然にやっているのです。

ところが,理由はわからないのですが、ネガティブな感情や考えがそのまま暴走してしまうことがあります。「自分は何をやってもダメなんだ」「誰にもわかってもらえない」などとネガティブ思考が暴走することがあって、そうすると落ち込みや絶望感が強くなってきて,悪循環に入り込んでしまうのです。

その悪循環を断ち切るのが認知行動療法です。認知行動療法の考え方を使えば悪循環に入り込む前に早めに対処できます。また、日々の生活のストレスを上手に味方にしながら、前向きに自分らしく生きていけるようにもなります。

大野裕

—— そのセルフケアメソッドについてもう少し具体的に教えてもらえますか?

大野さん:
私がいつも皆さんにお伝えしているのは、「こころを元気にする4つのステップ」で、それは以下の4つです。

1. (心身の不調など)変化に気づく
2. 一息入れる
3. 考えを整理する
4. 期待する現実に近づく

こころや体がつらいと感じたり、最近、なんか変だなと変調に気づいたりしたときには、まずは正直にそのことを認めるようにします。「いや気のせいだ、ここで休んだらみんなに迷惑をかける」などと無理をすると心が疲れてしまいます。

そのときに、あわてないで一息入れてください。焦ってしまうと、ますます混乱してしまいます。ですから、まずは一息入れて自分を取り戻すようにしてください。

そして、自分のいまの状況に関する情報を集めて、考えを整理するようにします。

そうしたら今度は、自分が期待している現実に近づくための工夫をしていく。
これが認知行動療法的なこころのセルフケア方法です。

ここでは簡単に説明するだけにして、各ステップの詳しい内容については、講演会でお話しします。

—— でも、一人でそうしたことをするのは難しそうですね。

大野さん:
そうですね。とくに気持ちが揺れているときには難しいかもしれません。
そこで、私は、こうした方法を実践する助けになるように、AIチャットボット「こころコンディショナー」を開発しました。

先ほどから説明している認知行動変容のアプローチを利用したプログラムで、日々のストレスを利用して本来持っているこころの力を引き出すなど、こころの健康維持増進に活用してほしいと考えて開発しました。誰でも、以下のURLからアクセスできます。
https://www.cocoro-conditioner.jp/

ただ、これは治療を目的にしたものではないので、あくまでもセルフケア用途に使っていただければと思います。

—— どのような人が利用していますか? 評判はどうですか?

大野さん:
若い人から高齢者まで、多くの人に使っていただいています。アンケートを見ると、かなり満足していただけているようです。

あと、興味深かったのは、使い方の違いです。「こころコンディショナー」は、先ほど説明した4つのステップを使ってこころの整理の手助けをする「相談モード」と、悩みや不満などを吐き出す「雑談モード」があります。

「こころコンディショナー」を使っている人のうち、「相談モード」を使った人が4分の3くらい、「雑談モード」を使った人が4分の1くらいいらっしゃいました。

このように、それぞれの人が使いやすい形で使っていただけているのがわかって、良かったと思いました。

—— でも、チャットボットというのも何か味気ない気がしますね。

大野さん:
そうですね。「こころコンディショナー」を使った人のうち9割近くの人がアンケートでもう一度使いたいと答えています。

ですから、一人でこころを整えるのに「こころコンディショナー」はたしかに役に立つと思います。
しかし、「こころコンディショナー」を使っているうちに、人に相談したくなったと書いている人もいました。

これも自然なこころの動きで、私たちは昔から、困った状況に直面したときにはみんなで力を合わせて危機を乗り越えてきました。

やはり、リアルな人間関係は、家族やパートナー、友達など信頼できる人とのつながりはこころの健康のために大切です。
その入り口としても、「こころコンディショナー」が使えると思います。

大野裕

—— ちょっと視点が変わりますが、「こころを元気にする4つのステップ」を知っておけば、こころがつらい人に声をかけられたときに上手にサポートできそうですね。

大野さん:
はい。このステップを意識すれば、こころがつらくなっている人と上手にコミュニケートできるようになります。

うつ気味の人に「がんばれ」とはっぱをかけるのではなく、「少し休もう」と一息入れるようにすすめて、現実に目を向けて問題に取り組む手助けができるようになるのではないでしょうか。

—— うつとは違いますが、引きこもりや学校に行かない子どものことも気になりますが、どう対処するのがいいのでしょうか?

大野さん:
そうした子どもさんの身近にいる人は、とても心配だと思います。何とか役に立ちたいと、いろいろと助言したくなるのが自然だと思います。

でも,焦っていろいろ言う前に、まずその子どもさんのペースを大事にしてください。そうでないと、良かれと思って助言しても反発されて、お互いに悲しい気持ちになってしまうことさえあります。

ですから、焦らずに気持ちに寄り添いながら、子どもさんが困っていたり助けを求めたりしたときに、親身に相談に乗るようにしてください。
そのためには、まわりの人はまわりの人で、上手に気分転換することも大切です。

—— 見守り、寄り添ってあげるという姿勢が大切なのですね?

大野さん:
やはり私たちのこころの健康には、人の温もりや人とのつながりが欠かせないもと私は考えています。
そのときに、「こころを元気にする4つのステップ」を意識していると、上手にお互いがつながりあい、助け合うことができます。

自分のために、そしてまわりにいつ大切な人たちのためにぜひ、このメソッドを学んでいただければと思っています。

 

●大野裕先生のセミナー「だれもができるセルフケアメソッド『こころを元気にする4つのステップ』」が開催されます!
https://www.trinitynavi.com/products/detail.php?product_id=3360

 

大野裕

【大野裕 (おおの ゆたか)先生】
精神科医
一般社団法人 認知行動療法研修開発センター理事長
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター顧問
一般社団法人 認知行動療法研修開発センター理事長

1950年、愛媛県生まれ。1978年、慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学の精神神経学教室に入室。その後、コーネル大学医学部、ペンシルバニア大学医学部への留学を経て、慶應義塾大学教授(保健管理センター)を務めた後、2011年6月より、独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長に就任、現在顧問。現在、一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長、ストレスマネジメントネットワーク(株)代表。

近年、精神医療の現場で注目されている認知療法の日本における第一人者で、国際的な学術団体Academy of Cognitive Therapyの設立フェローで公認スーパーバイザーであり、日本認知療法・認知行動療法学会理事長。一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長、日本ストレス学会理事長、日本ポジティブサイコロジー医学会理事長など、諸学会の要職を務める。

2001年からは、日本経済新聞にてコラム「こころの健康学」を連載中。著書に『こころが晴れるノート』(創元社)、『はじめての認知療法』(講談社現代新書)、『マンガでわかりやすいうつ病の認知行動療法』など多数。

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