【人生における未来は偶然が決める! 偶然とは宇宙の意志である!】〜キプロスのカズコより

すべての出来事、すべての出会いは、あなたの人生に存在しなければならかった大事な意味を持つシンボルです。

このように、シュメール人の首都ウルは、千年前に農耕民族が住みはじめて以来、様々な民族の変遷を経ていることです。

また、彼らの出所の謎にしている理由は、シュメール文明の基になる文明の痕跡が見当たらないことです。つまり、いくら発掘を重ねても、それ以前の遺跡が見つからないことです。どういう文明にも、その発端となる文明は必ず、存在するものでしょうが、しかしながら、シュメール文明に関してはそれが見当たらないということです。

色々な説がありますが、シュメール人の直系の子孫は、ユダヤ人らしいとも言われている? が、今のユダヤ人にはいろんな民族が混入していて、白人のユダヤ人もいれば、黒人のユダヤ人もいるため、シュメール人の末裔ではないらしいようです。

本当かどうかを立証できることは出来ませんが、シュメール人の末裔は、日本人ではないだろうかと言う人もいますが、ひとつ言えることは、日本人とシュメール人は似ている部分もあるらしいため、消えた13番目の古代イスラエル人と言われる民族が日本に移動したとも言われています。

また、古事記の文体が不思議とシュメール言語体系に似ていると言われ、文法や言葉の発音の仕方がよく似ているばかりでなく、漢字と仮名文字を併用して使う言語表記の仕方も他の言語では併用しない特徴があるようです。

シュメール人の宗教は多神教であり、女神を中心とした八百万の神々が神話の中に登場する特徴は、日本神道とよく似ているため、日本人は、4000年前に消えたシュメール人と非常によく似た精神構造を継続しているとも言われていますが、実のところ、誰も解明はしていません。

どのような文明にも占い体系を持ち入り、未来を占い、私たち人間の未来の扉を開く道具の出助けとして、活用されていました。

中でも、天体と石はどの文明でも利用され続けています。

シュメール

シュメールの菊の御紋(画像提供/ウィキペディア)

 

どんな占いでも、「偶然」から、宇宙からのメッセージを引き出しています。

しかし、「偶然」の連なりのように見える出来事や出会いの数々も、その「偶然」が2度続く場合は、偶然ではないことになります。

コインを投げて表か裏が出るのと同じように、私たちの日々の生活には平凡な意味のない「偶然」の出来事や、「偶然」の出会いが並んでいます。

大きな意味がない偶然は日々の生活に印象付けられません。

自分の望んでいる出来事や結果を得たときに、「ラッキー」とつぶやき、都合の悪いことが立て続けに起こると、「ついていない!何て運が悪いことが起こっているのだ!」と、言うのも、降りかかって来る出来事の多くを「偶然」として受け止めているからにすぎないのです。

1つ1つの出来事を丁寧に理解しようとすると、「必然」よりも、「偶然」と、いう感覚の方が当たり前と思えることでしょう。

しかし、本当に「たまたまの人生」なのでしょうか?

「たまたまXXXに出かけたら、XXXに出会った」
「たまたまXXXのところへ行ったら、ライフワークに繋がる切っ掛けを……」等、ありますよね。

「偶然」の感覚が齎す影響を宇宙から切り離してしまうことで、宇宙と私たちの意志は無関係になってしまいます。

あなたとは無関係に世界は動いていて、私たちが病気になっても、ならなくても、何も世界は変わらないように思えますが、変わらないようで変わっています。

その瞬間は、何も変わっていないような出来事でさえも、必ず、その出来事があったから、今のあなたが存在します。

あの人と出会ったことで、何かを学ぶことが出来たことになります。

何気ない出会いが運命的とも言えることさえもあります。

あなたが何気なく「あの人に会いたい」と思っていたら、道でばったり出会ったり、「この仕事をして来て、本当に良かった」と実感したとき、また、時には、辛い出来事が人生の中では襲って来ます、それは、あのとき、病気になったからこそ、立ち止まって、人生を考える時間が貰えたことで、大切な人間関係、金銭トラブル、事故、病気、愛する人との別れ等、そのときは、辛いことでも、「家族の存在や、本当の友情、本当に大切なモノは何かということをすこし理解出来た。」という経験をすることで、心が強くなったり、心が優しくなったりします。

振り返ってみると、私たちの人生には、とても偶然の産物とは思えないような出会いや出来事が宝石のように散りばめられています。

あなたの人生にも運命的な出会いが必ず訪れます。