第五段 源氏、藤壺を思慕
帝のお側をお離れにならない源氏の君は、足繁く帝へお渡りになる藤壺には、恥ずかしがることもなくお心を打ち解けられました。いずれの御方もご自分が人より劣っているというお考えの人はいらっしゃらず、それぞれに大変美しい御方々ではありましたが、お年を召していらっしゃいました。とても若く美しい藤壺は、懸命にお隠れになっておられましたが、そのお姿は自然と源氏の君の目にとまりました。
母桐壷のご記憶は影さえもありませんでしたが、典侍の「母君に似ていらっしゃる」という言葉をお聞きになり、幼心に思いを忍ばせておられました。そして、常に藤壺が参られるのをお待ちになり、「もっと近くからお姿を拝見したい」と、お思いになりました。
帝も、限りなくお二人を大切にされていました。「うとましく思うことのないよう。不思議にも他人とは思えない気もする。失礼とは思わず、慈しみ給うように。面影や目などはとても良く似ていて、会いに行っても母子としておかしくはない」と、おっしゃいました。幼心にも、花や紅葉の小枝をまず藤壺に差し上げ、気に留めていただきたいと思われるようになりました。
藤壺へのこの上ない思いが、弘徽殿の女御にも伝わりました。御方は藤壺とはまたもや仲の良くないご関係であったために、源氏の君への本来の憎しみが戻って不快に思われました。
世に類なきお姿と名高い藤壺でしたが、それとは例えることができないほどのかぐわしい源氏の君を、世の人は、「光の君」と呼びました。藤壺と並んで良い評判はいろいろありましたが、総称して、お二人は「輝く日の宮」と謳われました。
前回の記事: 平成二十五年訳 『源氏物語』紫式部 <十四>