エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育てPART.93~子どもとのやりとり、気づいたほうが謝ろう!(潤治編)

親と子どもという関係はややもすると力関係を生み出してしまいます。 子どもが悪いことをした時に、どのように親としてナビゲーションするでしょうか? 子どものことを思って、躾として、親は本当に叱りたいのでしょうか? 正しくても優しくない選択を親としてはしてしまいがちです。

「正しくても優しくない選択」

娘の小葉(このは)のスクリーンタイム、「妖怪ウォッチ」熱が加速しています。
1日中、アニメ「妖怪ウォッチ」を観て過ごすこともよくあります。

親としても、それがいいのか悪いのか、分からなくなります。

お風呂場でも観る始末。

先日、つい、そのことで怒ってしまった僕です。
久しぶりに僕の言葉で泣く彼女の姿を見ました。

僕の怒ったことへの(親としての)正当化は以下、

「(あなたの)洗髪するパパを待たせている」
「何話も観て良いとは言っていない」
「次の話に進みたいなら、一言申し出てほしい」

などなど。

かぶせて、「間違ったこと言ってる? パパ。」と言いたいところ。

間違ったことは言っていないし、彼女の「妖怪ウォッチ」熱にも釘を刺すいい機会だったと思っても、釘を刺す意味も分からないし、何のために誰のための言葉だったのかも考えながら、ひと晩、ぐっすりと眠りました。

天使に「優しい選択」をお願いしながら……。

 

「正しくありたいか、優しくありたいか?」

そして、次の朝、娘に謝りました。

「昨日はお風呂場で怒ってごめんなさい。言い方が強かったし、もっと工夫して言う方が優しかったと思う。本当にごめんなさい。」

正しくても、道理にかなっていても、相手への伝え方は、それ以上に優しいほうがいいと娘とのやりとりでいつも思います。

つまり、親は、(親としての)正当性を言い訳に怒ったり、叱ったりする必要はなく、相手のために、自分のために工夫をするということですね。

当然、娘の謝罪は要求しません。

昔、僕が子どもの頃、親に「謝りなさい!」って言われるのが本当に嫌でした。

お互いさまだと思っていたし、親の立場から言うのは卑怯だと思っていましたから。

きっと言葉ではない「親の行い」が、いつか彼女がそのような場面に出くわした時に、彼女が考えるヒントになるでしょうから。

おかげで上機嫌になった娘は、すっかり元気にママと出かけて行きました。

アクセスコンシャスネス創始者のギャリーダグラスが、

「子どもより人生経験の長い親のほうが賢くなりましょう。」

と話していましたが、それにはちょっとした勇気が必要だと感じます。

「キレるより、工夫を」

この言葉、繰り返し、自分に言い聞かせています。

 

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