中村うさぎさんエッセイ 「死から生への逆さま巡礼」 PART.5 医療のあり方

病名が確定しないからって、私は車椅子に乗った健常者なの!?

退院してから約半年が過ぎ、現在は月に一度のペースで診察を受けている。相変わらず病名は確定してないし、治療も対症療法に限られている。薬のおかげで手足の震えや突っ張りなどの症状は治まったものの、相変わらず立って歩くことも叶わない車椅子生活である。どこから見ても障碍者なのだが、病名が確定しないので障碍者手帳も申請できない。社会的には、私は車椅子に乗った健常者なのだ。どこが健常なんだよ、と、ついついツッコミを入れずにいられない。

そしてまた、病名が確定してないせいで、自分の病気が快方に向かっているのかどうかもわからない。何の病気なのかわからないのだから、それが快方に向かっているとか悪化しているとか、そんなことも把握できないのだ。

今回、主治医は私にステロイドを処方した。聞くところによるとステロイドという薬は一種の万能薬みたいなもので、治療のしようがない時にはとりあえずこの薬を投与してみるものらしい。主治医がステロイドを処方した理由がそこにあるのかどうかは知らないが、まぁ他にも痙攣止めや痛み止めなどの薬をいろいろと服用した結果、私は以前のように身体を強張らせて全身の激痛に大騒ぎすることもなくなり、きわめて平穏無事(なのか?)な毎日を送っている。

(写真)中村うさぎさんブログ「うさぎ的日常日記」
2014年8月7日「毎週水曜日はMXTV「5時に夢中!」生放送レギュラー出演日です。 2014/8/6(水)」より



(写真)中村うさぎさんブログ「うさぎ的日常日記」
2013年10月8日「練乳をチビチビチビ舐めてるあたし。」より 

私にとって「醜くなること」は「歩けなくなること」と同等くらいに大きな苦悩……。
生きてさえいればどんな姿や状態でもいいのか?

ただ、このステロイドという薬は、私にとって重大な副作用をもたらした。まずは顔がむくんでパンパンに腫れ(「ムーンフェイス」と呼ばれる副作用らしい)、ゴムまりみたいな丸顔になった。おまけに、これまたステロイドの副作用で食欲が増進し、数ヶ月で15キロ以上も太ってしまったのである。美容整形を繰り返して己の容貌に拘泥し続けてきた私にとって、自分がゴムまりのような顔になったりぶくぶくと太ったりすることは、とてもじゃないが耐えられない現象であった。鏡の中の自分を見るたびに殺意を抱いてしまうほど、自分で自分を許せない。私にとって「醜くなること」は「歩けなくなること」と同等くらいに大きな苦悩なのである。

だが医師は、そんな私の美醜への拘りなど些細なことと思っている。生きているんだから御の字ではないか、美醜の問題など何だというのだ、というのが彼らの感覚であろう。が、人が自分のアイデンティティをどこに置くかはそれぞれであり、生きてさえいればどんな姿や状態でもいいのかといえば、そんなはずはないのだ。医師たちには、そのような人間の機微が通用しない。彼らも人間であるというのに、人間がどれだけちっぽけなことに一喜一憂し深刻に悩み苦しむ生き物であるか、てんで理解していないように見える。

我々は犬猫ではない。他者の目を通して己を確認し規定し、自己肯定と自己否定の間で揺れ動く「自意識」の生き物なのである。当然、容姿の問題もまた、その「自意識」に深く関わってくる。我々にとって「生きる」ということは、ただ命があるということではなく、「私をどう生きるか」というきわめて哲学的な問題なのだ。医師はそれをどこまで理解しているのだろうか? それとも理系の医師は文系の哲学になど興味がないのだろうか?

小説家・エッセイスト 中村うさぎ

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