一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.16 「風立ちぬ」

宮崎駿5年ぶりの監督作は「凄い映画」!
でも、その凄さはとてもわかりにくいかも

「何か、凄い映画だった……」
サスペンスでもミステリーでもないのに、宮崎駿5年ぶりの新作を皆が息を詰めて異様な緊張感の中で食い入るように観た2時間6分。劇場での完成披露試写。短いラストクレジットが終わる。スクリーンが真っ暗になっても、しばし沈黙が覆う。私は腕を組んで前述の言葉を頭の中でつぶやいていた。皆なかなか立ち上がれない様子で、沈黙のまま出口へと向かう。私ものろのろと立ち上がり、呆然、という感じでエレベーターに向かった。

最近宮崎駿という人はほとんど神格化されていて、彼の新作というと、皆「何かを得たい、感動したい!」いう並々ならぬ欲望と期待ではちきれそうになっている。しかし、今までの作品と明らかにトーンが違う今作は、映画が終わっての劇場の様子から、戸惑っている人が少なくないように感じた。本作は「凄い映画」である。が、その凄さはとても分かりにくいのではないかと思う。美しい日本を、日本人を丁寧に描くということの意味や凄さが伝わるだろうか?

美しい映画――青年二郎の人となり、そして菜穂子との悲恋に涙……

ゼロ戦の設計者である堀越二郎の半生をフィクションで描く。同時に小説家、堀辰雄のエピソードも絡めるという物語は、二郎という一人の青年の青春物語であり、ラブ・ストーリーでもある。

これは、とてもとても美しい映画だ。
二郎が子供の頃の絣の着物に袴、帽子、ゲタ、坊主頭、いじめっ子に立ち向かう二郎の勇気、強さ、心根、言葉使い、おしゃまな妹、美しく優しい母、町の様子などなど。大正から昭和初期の美しい日本がここにある。
ああ!この頃に帰りたい!……ってまだ生まれてなかったけど、そう切に思った。観ているだけで心地良い。安心して観ていられる。なんて心が安らぐのか! うっとりである。

その後二郎が成長してまだ幼い菜穂子と出会うシーンのドラマチックなこと!
関東大震災(この震災シーンのド迫力は凄まじい! 宮崎アニメの怒涛の真骨頂が噴出していて見もの!)での二郎の行動にも惚れ惚れである。カッコいい!! 二郎も菜穂子もとにかくカッコいい! かつての日本男児、大和撫子である。こんな男気のある青年や強く賢い女性が戦前の日本にはゴロゴロいたのである。飛行機の設計技士として働く二郎も様子も素晴らしく魅力的だ。
そして、菜穂子との恋物語も。
ああ、一人の人を求めるというのはこんなに美しいことだったのだと、胸が震えた。泣けた……。

宮崎監督と同時代に生きていることに感謝!
彼の感受性に今さらながら畏敬の念

全てがいにしえの物語、夢物語のように美しい。
その美しさにただただ私は打ちのめされた。もうその美しさは今の日本にはない。それゆえにここで描かれた美しい日本、日本人は燦然と輝く。
一体私たちはどれだけ多くのことを忘れてしまったのか。しばし暗澹とする。宮崎監督のメッセージが色濃くでた本作は、近年の彼の作品の中でも傑作だと思う。

宮崎駿という人が日本人で、彼の感受性が具現化したような稀有なアニメ―ション映画を、彼と同時代に生きていて観られる幸福。それに素直に感謝した夜だった。こんな繊細な特異な感受性の持ち主は二度と現われないと思う。長生きして欲しいと切に願う。

『風立ちぬ 』
© 2013 二馬力・GNDHDDTK
2013年7月20日全国ロードショー
原作・脚本監督 : 宮崎 駿 音楽 :久石 譲
主題歌:「ひこうき雲」荒井由実
声の出演/庵野秀明 瀧本美織 西島秀俊 西村雅彦 大竹しのぶ 野村萬斎

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