ブータンしあわせ便り第18稿「つ」~「罪」

ブータンの首都ティンプーはすっかり冬の入口にさしかかりました。これから長く厳しい冬の始まりです。けれどドンドン東に入ると、暖かい春の温暖な気候が待っていたりします。本当に気候も多様な国です。

さてよくご質問などで、「ブータンって犯罪なんかあるの?」といったことが多く聞かれます。ブータンは「しあわせの国」のイメージが強く、犯罪なんてないような……そんな印象が強いのかもしれませんが、もちろん、ブータンでも犯罪は起こります。

特に今、ブータンでは特にふたつの問題が懸念されています。
一つは若者の就職問題。これは産業の少ないブータンにとっては今後も深刻な問題です。教育制度が整ったものの、就職先がないので、そんな若者は自然と首都にたむろしては、窃盗などの犯罪に、また、大麻などは自然に生育しているので薬物に手を染めてしまいます。車の窓ガラスを割ってものを盗む・・・ということはブータンではこの数年で出てきた新しい犯罪です。こんな若者たちは「ギャング」と呼ばれています。

私から見ると、本当に幼いといっていいほど若くて、ちょっと悪びれた子たちが集団でブラブラしてるな~という風にしか映りませんが、ブータン人にとっては新たな問題です。(日本ってそれだけ犯罪が多いということですね……)

また麻薬更生施設もありますが近年、ここにもたくさんの若者が入所するようになってきたということです。実際、私が滞在していた頃も、高校生なんかが、サッカーのテレビ中継に興奮して、その辺に生えている大麻を吸ってしまって、あばれてしまい、大人に鞭でたたかれている・・・なんてところを目撃したりもしました。こういった場合、通報などはしていなかったのですが、これがエスカレートして依存してしまうと……大変なことになってしまいます。自然との共生には、人間側の倫理観が大きくものをいいます。

ブータンの新聞を読むと、毎日さまざまな犯罪について書いてあります。小さな国で、それほど大きな事件などが起こらないせいか、小さな傷害事件もトップニュースとして扱われます。滞在中、知り合いが大きく一面に出て驚いたことがありました。夜中にバーで喧嘩し、お互いにけがを少ししただけなのですが、傷口の写真が大きく掲載され、トップニュースとなり、その家族はしばらく外を歩けなかった、「一生、家族の恥さらしだ!」と怒りに燃えていました。日本ではありえないことです。

また、ブータンならでの、というか、日本ではありえない犯罪のニュースが掲載されていたりします。たとえば、ある小さな村で高校生が性的暴行を受けました。その詳細が新聞に掲載されていたります。しかもその情報源が被害者の家族で、「加害者は娘と結婚しなければならない」といった風に、ブータンの信条に沿うような家族のコメントで記事が締めくくられていたりします。日本ではそのようなコメントも、家族からの詳細な情報が掲載されることも考えられないことです。
犯罪は犯罪なのですが、その犯罪に対する考え方も、日本とは次元が異なるといったほうがいいでしょう。

犯罪とは異なりますが、ブータン人はこのように「罪」に対する感覚が違うことがあります。
罪がその人のもつカルマから派生しているものであるとか、言い伝えというか、信条により、罪を査定したりします。幼くして命を落とす子どもたちは「罪があったから」という人たちもまだまだたくさんいます。葬儀の仕方がその罪によって異なることは以前、書かせていただきました。障害を持って生まれる、また障害を持つことに対して、カルマや罪を引き合いに出し、彼らに対する本当に悲しい差別があることも事実です。私の滞在した村では同じ年齢の女の子が小児麻痺から寝たきりの生活を30年送っていましたが、それも「罪」だそうです。私はブータンに滞在していてこういう現実に触れた時、怒りや悲しみでいっぱいになります。彼女の横で彼女が大好きな国王様のグッズなんかをプレゼントしたり、日本のお化粧品をプレゼントしてつけてあげたりすると、とても喜びます。彼女の悲しみが垣間見えたりします。そんな彼女を見ていると、罪だという人たちを目の前にすると怒鳴りたくなります。けれど、尋常や解釈の次元がまったく異なるのです。

また「ブータン人も信条と人間的な欲で揺らいでいるよ」とブータン人とよく話すことがあります。
たとえばブータンが禁煙国家なのはよく知られています。煙草を購入する、または使用するだけで禁固刑に処されます(死刑はありません)。去年はあるお坊さんがインドから煙草を持ち帰ったところを逮捕され、禁固5年の刑に処されました。
しかし、多くの人たちが喫煙しているのは事実です。ブータンの山に入ると煙草の吸殻が落ちていたり、首都なんかでもいわゆる闇タバコは簡単に買えます。時には堂々と白昼道路で煙草を吸っている人も、私は見かけたことがあります。理想と現実はとても距離があることも事実です。
ちなみに煙草に関しては、旅行者は1カートンまで持ち込みが可能です。ホテルの自分の室内では喫煙可能です。
それでも日本などに比べれば犯罪は非常に少ないですし、ほとんどないといっても過言ではありません。夜中に私一人で歩いていても怖いことがありません。
「けれど犯罪が増えてきているのは事実」といいます。
犯罪が増加するとしあわせ度は自然と減少します。それとも、経済発展を遂げた分だけ、別の幸福度が増加するのかな?貧困を目にしたとき、あるいは貧困に根差した犯罪が起きた時、それはとても難しい問題となりますが、全体として地に足を付けた発展がどの世界にも必要なのだと感じます。そして、良い意味での信条は大切だけれど、差別やそれによる不幸な判断があっていけないと私は強く思います。
「幸か不幸かはその信条の中で判断するんだよ」…といわれますが、それでも彼女のような女性に対しては、その言葉が投げかける苦しみは、とてもとても重いような気がします。

★バックナンバーはコチラ