ココロセラピストが語る!
人間関係の基本が家族です
「親子間のコミュニケーションの影響」とは?

“コミュニケーション”の基本となっている家族間のことを考えれば、あなたのコミュニケーションのお悩みも軽減するかもしれません……
ココロセラピストが語る!<br>人間関係の基本が家族です<br>「親子間のコミュニケーションの影響」とは?

人生においてコミュニケーションは超重要事項!

試験にこそ出ませんが、私たちの人生においてコミュニケーションはとにかく大切です。コミュニケーション能力が低い人をイメージしてみてください。知っている人でもいいですし、知らない人でもかまいません。もちろん自分自身でもかまいません。

コミュニケーション能力が低い人をイメージして行くと、ある結論に達すると思います。それは生きづらいだろうなということです。それもそのはず意思疎通が出来ずしてこの複雑な社会を渡り歩いていくことなど出来ないのですから。

だから私たちは日々コミュニケーションを意識しながら生きているのです。逆に言うと意識していない人はコミュニケーションの才能があるか、もしくはコミュニケーションが苦手な人なのかもしれません。

 

家族間コミュニケーションの重要性とは?

言うまでもないかもしれませんが、家族とのコミュニケーションはものすごく重要です。生まれてから大きくなって自立するまでは多くの方が家族と暮らすと思います。特に幼少期から思春期頃までの家族関係は人生にとても大きな影響を与えます。兄弟関係も大きな影響を与えます。そして、親子関係はそれ以上に大きな影響を与えると言っても良いでしょう。

子ども時代は親を社会の代表者であるかのように認識しているので、親を見て人間とはこのようなものなのだと思いこむといっても過言ではありません。

だから虐待している親などは論外ですが、いつも目くじらを立ててガミガミ怒っている親に育てられたら、大人とは恐ろしい存在だと学習してしまいます。将来学校の先生や会社の上司に対してもビクビクしながら顔色をうかがって生きていく、という可能性も少なからず出てくるかもしれません。両親が不仲だと、異性に対して良いイメージが持てず、関わったら喧嘩になってしまうと思い込んでしまい、恋愛が苦手になってしまうこともあります。

そうなってくると、いろいろ事情もあるので、これが必ずしも悪いというわけではありませんが、結婚したくないとか、子供が欲しくないという大人になってしまう可能性もあります。少子化を気にするなら、子供の前では特に夫婦仲は良くしたほうが良いです。一方、愛情豊かに笑顔が絶えない家庭で、もちろん甘やかすという意味ではなく、健やかに育った人は、社会に出たときに人間に対して好意的に接するようになる可能性が高いと思います。自分も両親のように幸せな家庭を作りたいと願い、子供を大切に育てたいと願うことでしょう。

もちろん生まれ持っての性格も関係するので必ずしも家族関係や親子関係が人生を100%決定してしまうということはありません。しかしながら、親の影響力は子供にとっては測りきれない大きなものだということは理解しておいてください。

 

「家族は無条件で仲が良い」というものは幻想に過ぎない!

では、親兄弟と円滑なコミュニケーションが取れない人は不幸まっしぐらであり、人生を諦めた方が良いのではないかと思う人もいるかもしれませんが、くれぐれも勘違いしないでください。家族だから無条件で仲が良いとか、家族だから意思疎通が出来て当たり前とか、それらは先入観にすぎません。つまり思い込みです。

社会の最小集団である家族間ですらコミュニケーションが上手にとれないから、「私が悪い子(コミュニケーション能力が低い)だから、家族が仲良くないんだ……」など罪悪感を持ってしまう人も多いですが、決してそんなことはありません。

確かに大人も子供も多くの人たちは家族を大切に思っていると思います。しかし、大切に思っていれば必ずや理想的な関係を作れるのでしょうか。もちろん本人次第で理想に近づくことは可能です。残念ながら家庭の事情が決して良いとは言い難い人たちもたくさん存在します。では彼らは全員のコミュニケーション能力が低いから家族が崩壊してしまったのでしょうか。家族とうまくやっていけなかったから、外での対人関係も家族同様関係が壊れてしまったりするのでしょうか。確かにその可能性もゼロとは言いません。

しかし必ずしも自分のコミュニケーション能力が低いから家族が崩壊してしまったとか、これから先に関わる人との関係がうまくいかないだろうと思い込むのは早計すぎます。

家族とは1つの集団ではありますが、ひとりひとりは、血が繋がっていようと何だろうと個性を持った個人なのです。家族間だって相性の良し悪しはあっても不思議ではないのです。

 

親子間の支配と服従?

コミュニケーションが苦手な人の典型的なパターンとしては、支配と服従の関係を望むというものがあります。典型的な例を挙げれば、「親は無条件で偉い。子供は無条件で親に従わなければならない」というものがわかりやすいと思います。

尊敬されていれば、それでも問題ありませんが親という権威だけで支配と服従の関係性を強要してしまったら、これは決して円滑なコミュニケーションとは言えません。もちろん、子が親を支配しようとするのも同じです。また「家族なのだから、自分の思いや考えをいちいち言わなくたってわかるだろう」と思い込んでいる人や「家族なんだから、自分と違う考えをするはずがない」と思い込んでいる人も危険です。「喧嘩しても最終的に自分の正当性を理解してくれればそれで良い」というのも問題です。自分が絶対的に正しくあり、相手が屈するのが前提だからです。もちろん本当に正しいときもあると思いますが、コミュニケーションというのは、そもそも正しい、間違っている、というだけの関係ではありません。コミュニケーションというのは情報の伝達、共有の他にも心と心の交流という大切な要素があるのです。残念ながら、このことをきちんと理解していないと血がつながっていようがなんだろうが、意思疎通はできません。「あなたのことを思っているからこそ、私は……」みたいな考え方を持っている人も、相手を思いやっているのは事実かもしれませんが、一方的な押し付けがましい想いは届くことはありません。

 

コミュニケーションとは?

家族間のコミュニケーションはとても重要で、家族という枠を出た社会においては大きな影響を与えると言いました。しかし、家族とコミュニケーションが取れなかったからといって、必ずしも自分が悪いとは限らないとも言いました。もし家族間のコミュニケーションが円滑とは言えず、そのことで悩んでいたり、少なからずそれらの影響で生きていくのが辛かったりしても決して自分を責めないでください。自分や家族を責めたところで明るい未来はやって来ません。

だからと言って人生を諦める必要はまったくありません。コミュニケーション能力は確かに大切です。あらゆる人たちと意思疎通が円滑にできて仲良くなれれば誰だってうれしいです。しかし万能なコミュニケーション・スキルというものは幻想なのです。コミュニケーションは万能ではないかもしれませんが、可能な限り相手を想いやる気持のことだと思います。どうしても相性が合わない人がいても決して支配しようとするのではなく、最小限のリスクで、お互いの幸せを願う気持ちが大切なのだと思います。相手が自分にとって否定しようのないほど脅威なら、攻撃対象とするのではなく敢えて距離を置くことも僕は大切なコミュニケーションだと思います。

これは家族に限った事ではありません。確かに距離を置いてばかりの人間関係では生きていけません。決して挑発せず、不要な争いにならないギリギリのラインを保てるのなら、それはそれで立派なことです。そうでなければ時には全力で逃げても良いのです。もしかしたら相手に恨まれるかもしれません。しかし血なまぐさい戦いになってしまうよりは、お互いが無事でいられる距離を作ることの方が余程思いやりがあると思います。

もし、自分自身がコミュニケーションで自信を失ってしまったり悩んでしまったりしたら、その時は自分自身を改めて見つめなおす時期なのかもしれません。

自分の過去の生き方や現在、そして未来の自分をしっかりと見つめ直すことで、自分にも他人にもどう接したら最良なのかが見えてくるかもしれません。