~知らなかった食べ物の性質
その間、家族の想いは深く心労があったことでしょう。親戚・知人・他人様からの温かい愛情を100人以上の方の献血から60人以上の輸血と言う形で頂きました。
お蔭様でこうして生かされました。
出血が無事に止まり2か月後に、産婦人科を退院してきたお祝いに、生寿司をご馳走になりました。病院では、慎重に水の量でさえ制限されていたのに食べ物の性質を知らないとは罪な事です。
食べ物には、命のエネルギーを殺ぐものと活性化させるもの、中庸の3種類の性質があることを後からフードヒーリングで知ることになります。
その結果、2週間もしないうちにC型肝炎発症(陰陽両極端な食事が原因)、血液病棟内科に入院となり長い月日を此処ですごし、退院するとき子供は10か月でした。
~死にかけていた私がフードヒーリングで生き返る~しょっぱいおにぎり
私は退院してからも自分の用足しもままならず、ご飯を食べても数口で汗だくになって横に寝てしまうほど、食べること排泄することだけをようやく出来るだけの体調でした。
レントゲンや薬漬けの身体は極陰性になり体内に塩気が無くなって貧血状態、筋力は落ち、ベッタリとした寝汗をかいていたのです。
ほとんど食べられないでいる私を母が心配して「何なら食べれるの?」と聞いてくれたので、小さい一口おにぎりの塩のきいたショッパイのを頼み、作ってもらったそのおにぎりは、最高に美味しかったのです。
このおいしいという感動が、死にかけていた命を元気してくれて、生命力を充電でき、
しょっぱいおにぎり(陽性)が身体・心・魂を元気にしてくれたのでした。
その時は何も知らずに、本当に食べたいものを直感で言っただけですが、
このしょっぱいおにぎりがフードヒーリングの原点だったのです。
その後、食べ物って凄いパワーがあるという事を次々に体験していきますが、それは次回にしますね。フードヒーリングを日々実行するに当たり、病気治しをするときには、家族の協力が不可欠なのです。
私の場合は、家族がとても良く協力してくれました。
それはいつも家族が笑顔でいてくれることでした。
家族が誰一人も私が死ぬとは思わず、元気になると信じていてくれました。
家族のこの想い・波動があるのと無いのとでは結果に大きな違いが生まれます。
勿論私自身も生きること、元気になる事だけしか頭にありませんでした。
でも実際、恩師の伊藤慶二医学博士に見立ててもらった時点で余命3か月だったのです。
この時に、家族が愛のある幸せの波動を出してくれていたことがとても有難い事でした。
~食べ物は全てオーガニック~生命力のある食べ物
次回のⅢは、食事を変える時の大変化をお伝えします。
久恵流フード(風土)ヒーリング♡クッキングサロン玄水円:吉田久恵
「フードヒーリング春の食事」も併せてお読みくださいね。
http://hi-tyan.jimdo.com/フードヒーリング-春編/
《吉田久恵さんの記事一覧はコチラ》
https://www.el-aura.com/writer/yoshida/?c=103492