ココロセラピストが語る! 何故『ぼっち』は悪く解釈されるのか? PART2

わざわざ『ぼっち』を流行らせる必要性はまったく無いと思います。それでも『ぼっち派』にとって居心地が良い環境があるというのはとても素晴らしい事だと思います。

『ぼっち席』は楽しい!

『ぼっち』。「ひとりぼっち」が語源と思われる言葉です。
しかし、この『ぼっち』という言葉は、必ずしもネガティヴなものではありません。

たとえば、飲食店などでも『ぼっち席』なるものが存在したりします。一人で食事をしていると寂しい人、哀れな人、という偏見も若干あるにはあると思います。しかし、一人で食事をする事の一体何が悪いのかと考えると、それほど悪くないのかなとも思えて来ます。

『ぼっち』に特化したラーメンのお店もありますよね。パーテーションで仕切られているパーソナルスペースに特化したお店。某学習塾もパーテーションで仕切られているので同じ匂いがします。
それが良いか悪いかは別として、そういう環境があっても良いと思います。

他にも『ムーミンカフェ』のように、キャラクターたち(大きなぬいぐるみ)が席に座っていて一緒に食事できるというようなイベント(?)も存在したようです。

僕の住んでいる千葉市でも『チーバくんカフェ』なるものが以前あって(今もあるのかな?)、やっぱりチーバくん(千葉県のゆるキャラ)が席に待機してくれているようなものがありました。その時は、スケジュールが合わなくて、チーバくんとカフェできず悲しかった記憶があります。

別に喋ってくれるわけでも無いですし、動くわけでもないので面白くないと言われればそれまでですが、世界観を楽しめるのでこの手の発想、僕は大好きです。

これらは『ぼっち』を逆手に取った考え方ですよね。わざわざ『ぼっち』を流行らせる必要性はまったく無いと思います。それでも『ぼっち派』にとって居心地が良い環境があるというのはとても素晴らしい事だと思います。

食事と言えば僕がお店に入る時、必ずチェックする項目があります。それはタバコが苦手な人でも入れるお店か否かです。禁煙席、喫煙席ですね。

「別にそんなふうに席を分けなくても良いじゃないですか……」と思う人もいると思います。しかし、何らかの事情で、そういうわけにもいかない人というのも必ず一定数は存在するものです。

自身の話をすると、僕はタバコの臭いをかぐと一瞬で具合が悪くなります。なので「気にし過ぎじゃない?」という具合に軽く扱われると、人格否定されたくらい悲しくなります。
『ぼっち席』の有無に関しては、今のところそこまで強いこだわりを持っている人は、いるかわかりませんが、やっぱり一人で気楽にいたいと思う人の気持ちも大事だと思うのです。

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『ぼっち』って病気なの?

現代人は何でも病名をつけたがる傾向がある気がします。もちろん気がするだけなので違うかもしれません。
『ぼっち』にネガティヴなイメージが根強く残っているとしたら、もしかしたら病的な何かと勘違いしている人もいるかもしれません。でも、それは違うということをここでは強調しておきます。

よくよく考えればわかることですが『ぼっち』と誰かに言われたとしても、自虐的に言っているだけだとしても障害には認定されません。

障害というのは、簡単に言えば生きづらさがあると言う事です。一人で部屋にこもって読書をしていている時間が多い人も、それは生きづらさでも何でもありません。悪い事でもありません。
一人で外食しても、一人で映画を観ても、それは障害ではありません。もちろん病気ではありません。ただ、そうしたいだけなのです。誰かに迷惑をかけているわけでもありませんし、まったく問題ありません。