あなたが生まれてきた理由とは!? 〜「感じること」と「考えることは」違うものです。〜

『私たちは体験するために生まれてきました。』

誰もが「私が生まれてきた意味があるのなら知りたい」と思っています。
私は何かを成し遂げるために生まれたのなら、何をするのか知りたい! とも。

一人一人、どんな人にも人生の目的があります。
大きい小さいは関係なく、
その人にとって意味のあることです。

人は数万回の転生をして、今ここにいます。
人生の目的は、
世界のトップに立つといった壮大なものもあるかもしれないし、
ある人にとっては家族の世話をすることかもしれず、
一生農業に携わることかもしれません。
どれが上か下かも関係ありません。

人は過去に経験した人生の中で、未精算のものを持ってここにきました。
未精算の何らかの感情を持っているので、
その感情を精算できる相手に出会った時、
その感情が吹き出すのです。

人は身体を持たないときは、魂だけが自分を表現するものになりますが、
魂は記憶を持ってはいても、何かを体験することはできません。
魂は壁にぶつかることもできず、その痛みを感じることもできません。
身体があって初めて、壁にぶつかって、痛いと感じることができます。

この地球は体験の星です。
私たちは体験するために生まれてきたのです。
身体は体験のためにあります。
身体は体験し、その体験を感じるためにあります。

 

『意味をつけた時から、経験の記憶が始まります。』

赤ちゃんを見ていると、
オムツが気持ち悪い時は身をよじって泣きます。
それが今、赤ちゃんが感じているものです。
お腹が空いた時は、お腹が空いたという感覚を
そのまま全身で表現します。
赤ちゃんは、考えではなく、ただ感じているものをそのまま全身で感じています。

2〜3歳の子供を見ていると、
例えば自分のおもちゃを誰かに取られると、
自分のおもちゃを取られたという感覚を全身で表しています。
ある子供は泣きわめき、
ある子供はすねて後ろを向き、
ある子供は怒り出すといったように、
今感じているものをそれぞれが表現します。
場所や時間も関係なく、感じるままに感情を表現するのです。

あなたは、何歳からの記憶を持っていますか?
例えば3歳くらいまでの記憶がありますか?
泣いたり、怒ったり、悲しかったり……、
くるくる感情を変化させてきたはずの子供の頃の記憶があるでしょうか?

ほどんどの人にそれがないと思います。
いったいなぜなのでしょう?

では、あなたが強く記憶しているものを思い出してください。
その出来事をあなたが思い出した時、
その時の感情だけでなく、考えもやってきたはずです。

あの時私は、こんなひどい目にあった。人間関係は難しいと思う、
などといった、解説も一緒に現れたと思います。

赤ちゃんや小さな子供が、自分の経験を記憶していないのは、
ただ感じていたからです。
そこに意味をつけなかったからです。
意味をつけた時から、経験を記憶することが始まります。
「感じること」と「考えること」は違うものだからです。

 

『意味をつけなかったものは記憶から消えていきます。』

心を静かにして、自分の中に記憶されている過去の出来事を眺めてみてください。
すべての出来事に、意味が刻まれているはずです。
意味をつけなかったものは記憶から消えています。

あなたにも、周りの人に「あの時こうだったね」と言われたものを
すっかり忘れていて「ああそうだった、そんなこともあったね」と
驚いたことがあると思います。

意味をつけなかったものは、記憶から消えていきます。
「感じること」と「考えることは」違うものだからです。

 

『生きるとは感じることです。』

例えば嫌な経験だとしたら、出来事に対して
嫌いな人が刻まれているはずです。
それらが記憶されていたら、いったい何人の嫌いな人が記憶されることになるのでしょうか。

地球は体験の星です。
私たちは体験するために生まれてきています。
体験とは感じることです。
生きるとは感じることです。

体験に意味をつけると、魂に刻まれます。
魂に刻まれたものは、また体験することになります。

私たちは魂に刻まれたものを物質世界に投影して体験しています。
自分の中の考えを投影してみています。
それに意味をつけると、繰り返し経験することになります。

体験することは、自分自身を見ることと同じです。
ただ感じることができれば、その感情は終わります。
意味をつけないことで終わらせていくことができます。

私たちはこの体験の星に生まれてきました。
出来事によって、自分の中からどんな感情が現れるのか?
それを体験するためにここにいます。
出来事によって、自分の中からどんな感情が現れるのか? は、
体験するまでわからないのです。
自分のことでありながら、体験するまでわからないのです。

この地球は体験の星です。
体験によって、自分のことを真に知ることができる星なのです。
嫌なことは体験したくないと思うけれど、
嫌なことは、自分が望む方向を見せてくれるありがたいものです。

私たちは「私」を知るためにここにいます。
人生は「私」が開かれる体験です。

 

 

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