あなたは、その内側奥深くに宝物を抱えています〜フルフィルメント瞑想の開発者であるボブ・フィックス先生が来日します〜

瞑想によって、「表面の自分自身で体験してきた世界」が、 「本質から世界を体験する」在り方に変わります。 その在り方に摩擦はなく、スムーズな流れしかありません。

『ただあるがままにすべてを体験する私でいることができたなら、そこには愛しかありません。』

世界にはたくさんの瞑想法がありますが、
本物の瞑想は、ずっとその内側にあったのに、
毎日の忙しさと目に見える世界に囚われてしまうことで
忘れ去られていた宝物に気づかせてくれるものです。

フルフィルメント瞑想を学んですぐに、
最初の瞑想でそれに気づく人もいますが、
中には瞑想中、自分が何を経験していたのかに気づかない人もいます。
そんな人もしばらくして「ああこれだったのか! そういえばこれはずっとあった」ことに気づきます。

私たちの内側には無限の静寂の場が広がっています。
瞑想の世界ではこれを「空」と呼んでいますが、
「空」に、私という個人的な意識は存在しません。
「空」では、考えたり、コメントしたりすることは不可能です。
「空」は、「ただ在る」という感覚しか存在しません。
それこそが私たちの本質です。

私たちの本質には、ジャッジやコメントをする機能は備わっていません。
あるがままにすべてを体験する機能しかありません。
私たちの本質は、この世界のあらゆるものをただあるがままに体験する感覚しかありません。
その本質は私たちの内面奥深くにあるために、
普段は内面からこの世界を体験するのではなく
表面から体験しています。
私たちの表面には、「これが正しい」「こうするのが良いものだ」と言ったような「好きか! 嫌いか!」でものごとを判断する私がいます。
その表面を自分自身として生きる時、エゴでこの世界を生きるようになります。
エゴはぶつかるエネルギーです。
「好きか嫌いか」「正しいか正しくないか」で、反対エネルギーと対立することになります。

ただあるがままにすべてを体験する私でいることができたなら、そこにはしかありません。
「空」は静寂な意識そのものですが、私たちが空を体験すると、至福感、愛、充足感と言った満ちていく感覚を感じます。

誰もが、この「あるがままにとらわれのない心で、この世界を体験したこと」が必ずあるのです。
だから、瞑想を学び始めて空を体験すると「ああこれだったのか」と、懐かしく感じるのです。
では、いったい自分がいつどこでその「あるがままにとらわれのない心で、この世界を体験した」のでしょう?

先日、とても素敵な気づきがありました。
過去生療法とも呼ばれるヒプノセラピーセッションをしていた時のことです。
今の自分が「過去に体験した人生のどんなところ、どんな出来事から影響を受けている」のか? ご自身で体験していただくのがヒプノセラピーです。
例えば、人前でとてもあがってどもってしまうのはなぜか?
自分に対して強い反発を表す人がいるけれど、この人との関係は?
人生でとても大切な人が現れたけれど、その人を魂が知っていると感じる。いったいどんな過去があるのか? などなど、みなさんの知りたいことはさまざまです。そうした過去の出来事を潜在意識の中から引き出す作業がヒプノセラピーなのです。