やっぱり神社に行った方がいいですか?

松尾大社, 八木龍平

社会心理学者の八木龍平です。博士号をもつ学者といっても、もう組織から離れて数年経ち、現在は神社や日本のスピリチュアリティについて発信する作家・ライターとしての活動がメインです。今回はトリニティ初投稿ですので、「なぜ神社がいいのか」「私が神社についてお伝えする理由」など、根っこの部分についてお伝えします。

私が神社についてお伝えするようになったきっかけは、10年前に小さな出版社からパワースポットの書籍を制作するライター仕事の依頼をされたことでした。当時の私はスピリチュアル愛好歴7年半で、特技はレイキや高次元エネルギーの活用など、スピリチュアルヒーリング。神社には休日たまに趣味で参拝していましたが、仕事になるとは全く想像外でした。


「一体なぜ私にパワースポットの執筆依頼を? 匿名ブログのフォロワーも数名です」と出版社の社長におたずねすると、
「八木さんってサラリーマンですよね?」
「はい、それが?」
「だからです。普通に仕事の話できそうじゃないですか」

「常識の通じる普通そうな人だから」というのが、私が神社やパワースポットをお伝えする書き手に選ばれた理由だったのです。その方の普通が何なのかはともかく、普通が特色になるのはおもしろいと思い、「普通の人が常識的にわかる神社のすごさ」をお伝えしようと心に誓いました。

この本のライター仕事が終わった後、別の出版社から本名で出版することなります。片手間ではもう対応できないと会社を退職し、8年数ヶ月前からフリーの立場で今の仕事に専念しています。

趣味で神社を楽しむ立場から、神社の魅力をお伝えする立場に変わって、「いったい神社に何の効果があるのか?」を本格的に調査・分析しました。色んなご利益があるとされますが、本当のところどうなのか真剣に考察したのです。


私自身の感覚だけでいえば、やさしい親戚のおじさん家に会いに行くような親しみの感覚と、いい温泉につかるような気持ちのいい感覚でした。高次元エネルギーとの交流に慣れていたせいもあってか、親しい人の場所に来るような居心地のよさがあったのです。ただ、親戚のおじさん家は観光地ではありません。こんな私の感覚のままお伝えしても、見知らぬ他者に伝わらないと考えました。社会心理学者の観点で神社をどう見たかは、私の過去の著書(単著で10冊、共著で2冊、監修1冊)で散々お伝えしてきた通りですが、あらためて一から考えてみます。


まず視点を変えてスピリチュアルヒーラーの観点で神社を見ると、神社は公共の高次元ヒーリングの場であり、高次元存在との公共の対話の場です。幼少の頃から大学卒業までキリスト教の学校に通っていたため、私は西洋の高次元存在に抵抗は無く、「スピリチュアル」と呼ばれた分野もすんなり受け入れました。スピリチュアル界は欧米やエジプト、インドなど海外の神様や指導者、法則ばかり。有名な引き寄せの法則も英語圏のものです。


こうした海外スピリチュアルのエッセンスはすべて日本の神社にすでにあると実感しました。また日本神話を読めば日本的な引き寄せの法則も理解できたのです。ただそんな「日本のスピリチュアリズム」の魅力を、日本人自体がよく分かっていないようにも見えます。レイキヒーリングも、日本発祥なのに国内より海外で有名かつ権威があります。日本のスピリチュアリズムの魅力も、いずれ海外でより広がるのかもしれません。

大崎八幡, 八木龍平


「やっぱり神社、行った方がいいですか?」と気になる方もいるでしょうか。社会心理学者として神社の参拝効果を一言で申し上げると、「人間一般への信頼が増す」。そして「利他の心」が増し、お互い助け合う精神(互恵性)が増します。これがご利益です。ご利益とは自分が得することではありません。他人を得させてお互い様になることがご利益です。


したがって、特に神社に行くといい人は、他人を得させたり助けたりする気持ちの強い方です。そのお気持ちの基本には、人間への信頼があります。人間への信頼を強調したのは、人間不信のまま他人を得させたいのは、恐怖や心配から他人に隷属しているだけで、これではご利益になりません。「お互い様」なので、ご利益は一方的に自分が損したり奉仕したりすることではありません。見返りを求めなくとも、信頼関係があれば「礼には礼を返す」のが道理。結果、お互いに利がある関係になります。

逆に神社に行かない方がいい人は、人間不信の状態のままで願いをかなえたい人、他人を得させたり助けたりする気持ちのとぼしい人です。ご利益は一方的に自分が得したり他人から搾取することではありません。逆もしかりで、一方的に自分が損したり他人に与えることでもありません。


神社で祈願すればなんでも願いが叶う、というわけでは無く、神社の神様の後押しが入る願いと、入らない願いがあります。神社は「社」と付くように、社会のための施設、共同体のための祈りの場です。つまり、自分を含む全体を向上させるための願いは叶いやすいのです。他人の幸せや発展を願うと、自分にもいいことが起こる。それが神社という場の特徴です。

弥山, 八木龍平