想像して下さい。
あなたは旅行で一日中歩き回って、最後の観光地からホテルへ戻ろうと、近場のバス停で待っています。ところが、以前来た時はすぐに乗れたバスが、今回はなかなか到着しません。遅れて到着したバスも満員で乗れず、2台見送り気付けばもう20分、暗くて肌寒い中で立ちっぱなし(足は棒のよう!)。
でも、あと10分待てば、確実にバスに乗れる……!
こんな場面だったら、あなたは、下記2つのどちらの方法でホテルに戻りますか?
①20分も待ったんだから、頑張ってあと10分待ってバスに乗る
②道でたまに空車のタクシーが走っているので、つかまえてタクシーで帰る
*ちなみに、バスだと料金は230円。タクシーだと1500円としましょう。
あったかいリビングでソファに座りながら読んでいたら、②を選ぶかもしれませんね。でも実際、歩き疲れて肌寒い中20分立っているシチュエーションだと
こう思う訳です。
「ここまで待ったんだから、何がなんでもバスに乗ってやる!!」
実は、これは私が先日の京都旅行で陥ってしまった「不合理な選択」なのです。
20分待とうが、すぐにタクシーをつかまえればホテルに着く時間はバスで帰るより20~30分早くなります。おまけに、バスでは座れません。それどころか満員電車なみの混雑です。だから、疲労度もかなりアップします。
実際、「合理的でない」選択をした私は疲労困憊し、京都駅に着いてからホテルに戻る前に、エナジーチャージ!と妙な理由をつけてカフェでお茶をして帰りました。
そんなもんで、結局タクシー代金とほぼ同額の料金を払い、帰る時間も更に遅れた次第。
はい、これは俗に言う「サンクコスト(埋没費用)」というものです。
過去に「自分がどれだけ時間やお金を犠牲にしたか」というのに囚われて、合理的かつ生産的な選択ができなくなってしまう状態です。
今回はしょうもない「バスかタクシーか」というお題でしたが、例えば、ダメ亭主と離婚しようか迷っている奥さんが「でも私の人生、この人に捧げてきたのよ!?」と思ったりしてしまうと、人生に大きな影響を及ぼしてしまうんです。
今まで犠牲にしてきたものに執着せず「ここから先どの選択をすれば最善なのか」を常に問いかける必要があります。
これは、思う以上に「行うは難し」のタスクです。実は私はこの数ヶ月、ずーっと行動経済学の本を読んでおり、理屈では暗唱できるほどこの事を分かっているつもりでした。それなのに今回、こりもせずまたこのサンクコストの罠にはまってしまったのです。
執着は、過去に置いてきましょうね。