運を上げる女性(あげまん)と下げる女性(さげまん)の違いについて色々考えてみよう

kinaが見ていて思うのは、さげまんになる女性は「男性を立てない」よりも「その当時のルールを無視する女性」のように思います。

こんにちは、よいぼしのなぎうたのkinaです。
昔、故伊丹十三監督の映画で「あげまん」という、付き合った男性の運を上げていく女性が主人公の映画がありました。
逆にお付き合いしている男性の運気を下げる女性のことを「さげまん」と言います。
お付き合いしている男性の運気を上げる女性と下げる女性はどこが違うんでしょうか?

 

<歴史上の女性に見る、男性の運気を上げる女性の共通点はどこだろう?>

歴史上の女性で、男性の運気を上げたと思う女性といえば、kinaだったら源頼朝の奥方北条政子、豊臣秀吉の正妻おねねさんではないかと思います。
毛利元就の奥さん、本名は伝わっていないのですが大河では美伊の方もあげまん風ではないかと思います。

北条政子、おねね、美伊の方に共通しているのは「大きくなりつつある組織を固める役割もしていた」ところがあったようですね。

ひとつの組織が大きくなる時には、組織を拡大するだけではなくて、その組織を固めていく作業も必要になります。組織を拡大する人って目立つんですが、組織を固めていく人って結構地味なので目立たないことが多いんですが、組織を固めていける人がいないと、その組織は容易く崩壊していきます。

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そして、組織を拡大する役割の人と組織を固める役割を兼務できる人って、結構少ないものなんです。豊臣家の場合、組織を固める人は石田三成ではなく、おねねさんと秀吉の弟秀長と千利休だったのではなかったかと思います。三成はあくまで「手足となる人」だったのでしょう。

北条政子さんは承久の乱で崩壊しそうになった鎌倉幕府団を演説でものの見事にまとめていますよね。徳川家は家康の妻ではなく本多正信・正純親子&秀忠あたりが「組織を固める人」だったように思います。美伊の方も、実家吉川家の力をうまく借りながら、元就が安心して領土を守れるように心を砕いていたようです。なお、毛利が力をつけまくって大内・尼子という戦国大名を打ち破ったのは美伊の方の死後のお話です。

 

<さげまんと言われている女性の共通点は「男性を立てないこと」ではなくて……>

では逆に、「さげまん」と言われている女性ですぐに思い浮かぶのは……kinaは秀吉の側室の淀様ですσ(^_^;
あと、北条時政の後妻で政子の義理の母である牧の方という人もさげまんのように思います。
「さげまんになる女性」ですぐに連想するのは「男性を立てない」と思うかもしれませんね。北条政子さんはともかく(ぉぃ)、おねねさんと美伊の方には「男性を立てる」というイメージがありそうなので。

でも実際は、おねねさんは浮気しまくりの秀吉に対して、上司とも言える織田信長に浮気について諫めるようにお願いしていますし、美伊の方も実家である吉川家を保護するような動きをしまくっているところもあります。

男性を立てない女性がそばにいても、それが男性の運気を下がることには必ずしも直結しないように思います。もちろん、男性を立てた方が男性が持っている力を発揮しやすい、という意味で男性を立てる女性はあげまんになりやすいとは思いますが。

kinaが見ていて思うのは、さげまんになる女性は「男性を立てない」よりも「その当時のルールを無視する女性」のように思います。

規則やルールの中にはおかしなものも確かに色々あるのですが、その当時の人が物事を円滑に進めていけるように、時には痛みを伴いながらも作ったものがルールです。
その規則やルールを破ることで、実際は自分達がもろに弊害を被ることが、「運気を下げる」という風に見做されるのかな? とも思います。

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淀様が破ったルールは「側室(淀様)が産んだ子どもを正室(おねねさん)の養子にして、正室が家を守り立てていく」というものでした。このルールを守って京極家という戦国時代以前の名家を守り抜いたのが淀様の妹、お初(徳川秀忠の正室、お江の姉)です。
秀吉も秀頼におねねさんを「まんかかさま」と呼ばせてそのレールを敷かせていたのですが、淀様は秀頼を手放さず、おねねさんに張り合うようにしていましたよね?