音に導かれ自らの道を探し求める
若き調律師の静かな成長もの
開巻シーン。
高校の体育館に置かれたピアノ。
主人公が調律師の出した一音に身動きできなくなる。生まれ故郷の森と同じ匂いをその音に感じて。
主人公の目の前には濃い深い森が立ち現れる。
なんの進路も決めていなかった主人公、外村は調律師の学校へ通う。
そして、件の調律師、板鳥の会社に勤めることになる。
新人調律師の成長を描いた本作。
原作は本屋大賞を受賞し現在120万部を越えるベストセラー。
その映画化である。
外村は調律することによって、繊細な、人とピアノの関係を知り、また、自分の中の疑問と向き合っていく。
そして、ピアニストを目指す姉妹と出会うことで、大きく成長していく。
しっとりと丁寧に描かれた秀作である。
中盤中だるみがあるが、なんとかラストまで引っ張っていってくれたな、という印象。
クライマックスは泣かされる。
姉妹を演じた実の姉妹である上白石萌音と上白石萌歌が素晴らしかった。
猛特訓したピアノ演奏も天まで翔るような伸びやかさであった。
音で思い浮かぶ世界を映像化する
むずかしい想像力の表現への挑戦
さて、音に匂い。音に映像。音も匂いも目に見えないものを、いかに映像化するか? むずかしい作業だ。
ピアノの演奏を言葉で表現した秀逸な小説と言えば、高村薫の「リヴィエラを撃て」が思い浮かぶ。
あの、ラストのピアノ演奏シーンの描写には驚いた。
音をこんなふうに表現できる言葉の力に打ちのめされた。
私は言葉じゃなくて間違いなく演奏を聴いた。
本を読みながら。私の耳にはピアノの音が聴こえた。
映画では音の世界の映像を景色やCGを駆使してワンシーンで描くことができる。
本作も巧みに外村の頭に浮かんだ映像を素晴らしい映像で魅せてくれる。
しかし、それは、当然だけどその音を聴いて私の頭に浮かんだ映像ではない。
何度か、もどかしい気持ちになった。
私はこの映像は原作ではどんな言葉で描写されているのだろうか? と、ものすごくそれを知りたいと思った。
で、そのシーンを読んでみた。
あ……。その文章からは音が聴こえた。匂いも。私の頭に絵が広がった。
たぶん、この小説は映像化がものすごくむずかしい部類だと思う。
少し言うと、音を映像化しすぎた、ような気もする。もう少し余白を入れたら。
たとえば、森ではなくて樹だけを撮るとかにすれば、私の想像力ももっと広がったのかも? と思う。
ピアノと一緒に生きていく少女たち
ドラマチックな楽器、ピアノ
ピアノは習っていたものの、挫折した経験があるので執着がありピアノが出てくる映画は大好きだ。
ピアノの佇まいそのものになにか胸を締め付けられるものがある。
マイ・フェイバリット映画不動の一位は「ピアノ・レッスン」だしね。
両親が亡くなって、何年もピアノを弾けなくなった青年が、調律されたピアノに向かい怒涛のようにピアノを奏でるエピソードには泣かされた。
ピアノはエピソード向きの楽器、そうとてもドラマチックな楽器なのだ。
それを再確認させられた。
ラスト近くで肩を落とした上白石萌歌演じる妹が、外村に胸の思いを語るシーンも涙した。
ピアノに魅了された人はピアノから離れられない。
少女の決心が胸を打った。
この上白石姉妹はただものではない。彼女たちが主人公と言っても過言ではない。
静かな余韻に浸る静かに熱い一作。
監督 橋本光二郎
脚本 金子ありさ
出演 山﨑賢人
鈴木亮平 上白石萌音 上白石萌歌
堀内敬子 仲里依紗 城田 優 森永悠希 佐野勇斗
光石 研 吉行和子 / 三浦友和
※134分
©2018「羊と鋼の森」製作委員会
※6月8日(金)より全国東宝系にて公開
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