Trinity読者の皆さま、こんにちは。アーユルヴェーダ研究家の遠田優美です。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
本連載では、心の健康のためのアーユルヴェーダの日常生活法「サッドヴリッダ」をご紹介しております。
幸せを分かち合う
今回のテーマは『布施』です。
アーユルヴェーダの古典書には、健康な精神作りのために、「布施をすることを習慣としなさい」と書かれています。
「布施」というと、葬儀や法事のときに、お坊さんに渡すお金のことをさすのが一般的かもしれませんが、本来の布施の意味はそれだけではありません。
今、自分の所有しているものを、喜んで(他人に)差し上げること、つまり、「幸せを分かち合う」ことをさします。
布施の種類
仏教の教えから、どのような布施があるのかを見てみましょう。
仏教のお布施には、
財施(ざいせ)……金品(あるいはお金で買った物)を施すこと
法施(ほうせ)……お説法をすること
無畏施(むいせ)……不安をなくしてあげること
という3つがあるそうです。
この仏教の教えは、アーユルヴェーダのサッドヴリッダの教えにも通じます。
財施(ざいせ)
葬儀や法事のときにお坊さんに渡すお金や、神社仏閣をお参りするときのお賽銭などもそうですが、公共事業や福祉活動への寄付、災害時の義援金、税金なども財施と考えられるでしょう。
さらに、水・食料・衣類などの物を差し上げることも、財施にはいります。
途上国や被災地への救援物資の支援といったことや、他人に(特に、お年寄り、妊婦さん、困っている人などに)食事をごちそうすることも財施に上げられます。
法施(ほうせ)
お坊さんの説法はもちろん、知識や智恵のある人が、物事の道理を、他人に説いてあげる行為が法施に入ります。
学校の先生が生徒に教えること、上司が部下に教えること、先輩が後輩に教えることなどが上げられます。また、学校を休んだクラスメートにその日の授業を教えてあげること、悩んでいる同僚に仕事のアドバイスすることなども、社会生活の中での法施となるでしょう。
無畏施(むいせ)
恐れている人を勇気づけたり、心配している人を安心させたり、怒っている人をなだめたり、他人に心の平安を与える行為をさします。
これは、カウンセラーや弁護士によるカウンセリング、医師による病気治療、セラピストによる施術などもそうですが、日常生活で、家族や友達の相談に乗ってあげることも無畏施に入るでしょう。
無財の七施
上記の3つの布施は、お金や知識(智恵)が必要ですが、それらをすることが難しくても、次の「無財の七施」は誰でもいつでもすべきと、仏教では説かれています。
■ 眼施(がんせ)……優しい目つきで接すること
■ 和顔施(わがんせ)……明るい笑顔、感じのよい表情で接すること
■ 愛語施(あいごせ)……思いやりのある言葉、分かりやすい言葉で接すること
■ 捨身施(しゃしんせ)……損得を抜きにして、人の嫌がるような仕事も率先しておこなうこと
■ 心慮施(しんりょせ)……他人の喜びや悲しみを、我ことのように受けとめ、思いやること
■ 床座施(しょうざせ)……自分の場所(座席)を快く譲ること
■ 房舎施(ぼうしゃせ)……訪ねて来た人を快くもてなすこと
これらの教えも、全てサッドヴリッダの教えと重なります。
私は、この「無財の七施」こそ、現代人の心身の健康を考えるうえで、非常に大切な教えであり、これらの布施の実践が、社会全体を健やかで平和なものにするのではないかと感じます。
執着をもたない
布施をする最大のポイントは、「差し上げるものに執着を持たないこと」です。
差し上げた布施に執着があると、「ごちそうしたのだから、私によくしてほしい……」「あげるかわりに、見返りが欲しい……」などの気持ちがわいてきます。
これでは、むしろ心は乱れ、健康な精神作りが遠のいてしまいます。
幸せを分かち合える今の状況に感謝して、自分から喜んで「差し上げる」のが布施なのです。
ただ、なにかあげたら見返りが欲しくなる……これは人情というものですよね。
はじめから達観して、なんの見返りも期待せず「差し上げる」ことは難しいかもしれませんので、「布施をすると、自分の健康や幸せとなって返ってくる」と考えて実践してみるのはいかがでしょう?
そうなると、おのずと布施の行為そのものに感謝が生まれてくるかと思います。
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