ネガティブな感情が良くないとされる理由のひとつ……「魔」とは、人間が放つネガティブな感情から生まれるものだった!

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現実世界を生きる人間にはさまざまな個性があり、考え方も複雑でその時その時で変わるため、明確な良い人・悪い人という区別はありません。

しかし目に見えない世界では、神様や仏様、天使など、いわゆる高次元にいる良いエネルギーを持つ存在と、幽霊や悪魔など、いわゆる低次元の悪いエネルギーを持つ存在に、ほぼ二分されるという考え方があります。

低次元の存在の中に、一般的に「魔」と呼ばれるものがあります。「魔が差す」「好事魔多し」いう言葉がありますが、ここから魔とは、行動を邪魔するもの、悪魔や魑魅魍魎などを指す言葉であると想像できます。さらに深く突っ込むと、「魔」とは具体的にはどのような存在なのでしょうか。


魔によって苦しめられた経験

私自身の話で恐縮ですが、数年にわたって数回立て続けに、同じトラブルに見舞われたことがあります。逃げようと場所を移動すると、しばらくしてそこにも全く同じトラブルが訪れたのです。

そのことについて、私は、自分をからかう「魔」のような存在がいて、それがついてきたために、同じトラブルが引き起こされたのだ……と考えていました。そのことを、ある神社の神様に話したところ、こうしたお言葉が頭の中に入ってきました。

「『魔』というものは存在しない。自分が出したネガティブなエネルギーを、(目に見えない)何かが利用しようと取り込み続け、次第に巨大化していったために、トラブルが引き起こされたのだ」……という内容でした。

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この「目に見えない何か」というのは、幽霊などの小さな低い者であるとも考えられます。しかしその存在だけでは、それほど大きなことはできないでしょう。

そこに人間が放ったネガティブなエネルギーが「餌」として取り入れられ、小さかったエネルギー体が次第に巨大化し、大きなトラブルを発生させる力を持った…ということなのです。


魔はネガティブな感情を餌にして育ったもの

私が「魔」だと考えていたものは、ひと言でいえば、人間が放つネガティブなエネルギーを餌にして、低い存在が大きく育ったもの……ということです。場合によっては、もともと何もいなかったところに人間が放ったネガティブなエネルギーが渦巻き続け、そこから低い存在が生まれて、それが育つのかもしれません。

このように、人間のネガティブなエネルギーは、放出する時間が長く続けば続くほど、結果的に大きなトラブルを生み出す可能性があるのです。

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人間が発するエネルギーというのは、すなわち「感情」です。ネガティブな感情の代表的なものとして、怒りや恨み、嫉妬、不安や恐怖、が挙げられます。よく「ネガティブな感情を持つのは良くない」といわれますが、それは結構正しいのです。

「言葉や顔に出していないから大丈夫」などと、侮ってはいけません。そうした感情を心に持つだけで、エネルギーとして放っている……ということです。

自分が出したエネルギーが自分に返る

自分が出したものが自分に返ってくるという考えがあり、私はそれを支持しています。長期間にわたって怒りや恐怖などネガティブな感情を放ち続けていると、それを食い物にする存在が近くに現れ、次第に巨大化するということ。そしてその存在は、自分自身に大きな迷惑をかけることになります。いわゆる「運が悪くなる」という状態です。

ネガティブな感情持つことは、生命を守ることに直結し、人間としてごく自然なことです。ですから常にポジティブでいようと思う必要はありませんし、それには無理があるでしょう。

ただし「今、自分はネガティブな感情を放っているな」と、常に意識する必要があります。そうすることで、次第に気持ちを切り替えることが上手になり、トラブルが生じる場面が減るでしょう。恨みや怒りの感情は、対象の相手を攻撃するのではなく、結果的に自分自身を攻撃することになります。

「自分に出した感情は、自分に返ってくる」ということを頭に置き、常に心の持ち方を意識してみてはいかがでしょうか。


  

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