あくまでも私の感覚ですが、「軽いノリのスピリチュアル」が流行ってから、既に10年以上は経過したのではないでしょうか。
大変流行っている頃は、神社仏閣の参拝にしろ、宇宙とのつながりにしろ、引き寄せの法則にしろ、見えない世界に対して多くの人たちが求めるものは、「お願いしただけで叶っちゃう!」という感じの、「ラクしてハッピーを求める」内容が主流だった気がします。人間は弱いですから、「努力をせずに、ラクして幸運をつかみたい」「簡単に理想の状態を引き寄せたい」と願うたくさんの人が、そうした思想にすがりついただろうと思います。
「ラクしてハッピー」を求め続けた結果
それから 長い年月が過ぎ……その思想を信じて、神社でお願いをしたり、色々な開運グッズを買ったり、頭の中で懸命に理想の状況を描き続けたりした結果……一向に幸せになれる気配がない……と、多くの人が気づいたのではないでしょうか。むしろ願えば願うほど、状況が悪化していった……という人もいたのではないかと思います。
結局のところ、自分が何もしないのであれば、理想が引き寄せられる訳ではないということに、多くの人が気づいてきたと感じています。ですから最近は、「お願いすれば叶っちゃう」というような意味合いの言葉は、あまり見かけなくなったように思います。
神様の役割は主に「人間の内面を成長させること」
神様や守護神、守護霊の人間に対する役割は、願い事を叶えてラクさせることではなく、主に「その人の内面を成長させること」です。
私自身も神社仏閣へ行きだした当初は、「お願いをすれば叶っちゃう」ということを信じていました。ただ神社仏閣へ行くだけで、勝手に運が上がると思っていたのです。しかし長く神様に興味を持ち、関わり続けた結果……実はそうではなかった、ということをはっきり実感しています。
もちろん叶う願い事もありますが、叶わない願い事も多くあります。叶う願い事はいつも、「自分が頑張って取り組むことの成功」でした。特に人のために懸命に取り組むことには、しっかりサポートしてくださいます。例えば「仕事で関わる人達に、喜んでもらえますように」とか、「明日会う〇〇さんと、楽しく過ごせますように」など……。
叶いにくい願い事は、自分で動かないことが前提のものです。「宝くじに当たりますように」とか、「絶世の美女が突然現れて、自分に惚れますように」など。また「痩せますように」とお願いしておいて、食べる量も運動量も変えないのでは、痩せる訳がありませんね。これらの願いはもし叶ったとしても、内面の成長は全く期待できません。
最終的にたどり着いたのは、お願いをすれば叶っちゃうのではなく、自分自身が叶うように動くから、そして自分自身が成長するから叶う率がアップする……という、ごく当たり前の思想だったのです。
高次元の存在は、人間を正しい方向へ導いていく
神社の神様や守護神、守護霊が、人間に対して何もしないのではありません。ラクさせて願いを叶えれば、その人は何事にも努力をしなくなり、ただお願いばかりをする人間になってしまいます。何よりも自分を磨くことが大切であり、高次元の存在は、そちらの方向へ人間を導く……という役割があることを知ったのでした。
未だに「自分自身が変わらなくても、お願いをしていれば叶っちゃう」と信じている人がいるかもしれません。それでも、それを信じれば信じるほど、苦しい状況に追い込まれます。結局は、自分自身の内面が磨かれ、高まっていくこと。それが願いを実現させるということに、早かれ遅かれ気がつかなくてはいけません。
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