人生がうまくいかない時に引いた「大凶」が教えてくれたこと

おみくじ

こんにちは、クレオ絢子です。人生を重ねていくと、一度くらいは「何もかもうまくいかない」と感じる時期が訪れるものです。

心も体も思うように動かず、理由ははっきりしないけれど、ただ苦しい。 そんな状態に、覚えがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。


絶望ではなく、安堵だった『大凶』

私がまさにそんな時期にいた頃、鶴岡八幡宮でおみくじを引きました。 紙を開いて目に入った文字は——「大凶」でした。

正直なところ、とても驚きました。 「え?  大凶って本当にあるの?  引けるものなの?」 思わず苦笑いしながら、そんな言葉が口からこぼれました。

けれど同時に、意外な感覚が湧いてきたのです。 それは、ほっとするような安堵感でした。「やっぱり、今が一番しんどい時なんだ。ちゃんと見てくれている存在がいるんだ」 「ということは、これからは上がっていくだけなのかもしれない」そう思えたことで、張り詰めていた気持ちが、ふっと緩んだのを覚えています。

試しにもう一度おみくじを引いてみると、再び「大凶」でした。同じ日に二度、大凶を引くという出来事は、偶然とは言い難いものがあります。そして当時の私には、自分の置かれている状況と不思議なほど重なり、安心感すら感じられたのです。

もしこの時、「大吉」や「吉」を引いていたら、素直に受け取ることができたでしょうか。 もしかすると、現実とのギャップに余計につらさを感じていたかもしれません。「大凶」という言葉は、私にとって絶望ではなく、「今はそういう時期なのだ」と現状を受け入れるための、ひとつの区切りを与えてくれました。


自分を知ることは、優しい旅ばかりではない

この出来事をきっかけに、私は自分自身と向き合う時間を持つようになりました。

幼い頃から感受性が強く、人や空気、言葉にならないものを敏感に感じ取るところがありました。 けれど、その扱い方を知らず、「自分はどこかおかしいのではないか」と感じていた時期もあります。

自分を知るために、カウンセリングや心療内科、精神科を受診したこともありました。その過程で、最終的に私にしっくりきたのが、スピリチュアルという視点でした。

それは、特別な能力を身につけるというよりも、「自分の感覚を信じていいのだ」と思い出していくような感覚に近いものでした。

自分を知ることは、楽しいことばかりではありません。 これまで無意識に抱えてきた思い込みや、繰り返してきた感情のパターンに気づくたび、たくさんの涙を流すこともありました。それでもその時間は、少しずつ「生きやすさ」を取り戻していく大切なプロセスでもあったのです。


立ち止まる時間にも、意味がある

人生が思うようにいかないと感じる時、私たちはつい「何かが間違っているのではないか」と思ってしまいがちです。けれど、立ち止まる時期や、深く潜る時間が必要なこともあります。

あの時の「大凶」は、私にとって「今はそういう時期でいいのですよ」と教えてくれたサインだったと感じています。自分を知り、自分に合った方法で整えていくこと。 その入口は、人それぞれでいいのだと思います。おみくじでも、言葉でも、ふとした出来事でも構いません。

もし今、人生がうまくいっていないと感じているなら、それは終わりではなく、次の流れに向かうための合図なのかもしれません。立ち止まる時間も、深く潜る時間も、すべてはあなた自身を知るための大切なプロセスなのだと私は思います。

著者:クレオ絢子





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