Temple Of New Dawn 大いなる愛と静寂と歓喜の究極の出会い!〜Amalin Story #5

How beautiful this moment is!!! Osho and TAMO-San finally merge in the Ocean of Consciousness! Dream comes true……

ところが、驚くべき太母さんのその時の反応は裏返し!

『わしはアレが産まれるよりもずっと前に悟ったんじゃぞ〜。そんなわしに上から見下ろすようなところから、挨拶するとは何事じゃ〜!そんな見世物みたいなことはしとうない!茶番じゃ〜!』と、1メーターほどあるポディウムの上(壇上)からのOSHO初のご挨拶は気に入らんと、本気で怒っているのです。ここにインド式な派手でキラキラな歓迎の仕方と、日本風な質素で控えめな在り方の大きな違いもあったのでは?と今になって思い返しています。

そういう想像もつかないような行動に出た普段と違う太母さんを見るのは初めてのことで私も驚きましたが、横で「どうしたの?何が起こったの?」と、目出度く喜ばしいかつてない稀な一大イベントのお話を伝えたはずのラニの目が「???」状態です。ここで太母さんの反応をそのまま通訳するわけにはいかないので言葉を濁した私は「いや、ちょっと部屋に帰って相談する必要があるので少し待ってください」とその場はサラッとごまかし、太母さんの手をとり急いで部屋に帰り、部屋で友人たちと歓談していた娘の静流さんに一部始終を伝達しました。

すると静流さん「太母さん、そんな子供みたいなことを言っちゃいけません!相手方は精一杯のおもてなしと思ってやっていることですから、受け入れてください!」と、鶴の一声!私も同感し、ラニにも快い受諾のお返事をお返しし(その背後にあった上記の裏話は今も秘密ですから、ここだけの Coming up!日本の皆さんだけへの秘密です)表面的には一件落着したものの、当のご本人は納得いかんと、ラニが引き上げた後も大不満のご様子です。

ここで少し補足しますが、インド起源の仏教では、ブッダやマンジュシュリなどの悟った人の上に時期でもないのに花が咲き、花が降りしきったという事実が経典に書かれています。その事実をこういう形で表現して、OSHOなりの方法で『太母さんの光明に共感し一緒に祝おう!』という意味だったのです。世界中のすべてのOSHOの弟子に向けての太母さんのエンライトメントを公表し紹介するためのパフォーマンスだったのです。今もビデオに残る美しい二人の覚者の出会いです。でも、このパフォーマンスには実はすごく深い意味があったのだと、少し後になってから私は深く理解したのです。

これは数年経った後から私の中でどんどんクリアにみえてきたことですが、OSHOの最後の講話シリーズはすべて、道元や臨済や一休など禅師の経典についての話です。同時に日本の文化でしか芽生えなかったであろう『禅』の開花について多くを語っています。

当時のOSHOのアシュラムでは日独伊、第二次大戦で一緒に争った独裁主義の三国同盟と平和を愛するがゆえに集まったOSHOの弟子たちとどういう関係があるのかはわかりませんが、当時、この三国から集まった弟子たちがダントツに多かったのです。その中で、余り表にでたがらない「能あるものは爪隠す」的な日本人の気風を知ってか、OSHOはその日本人の弟子たちが表に出ることをサポートするような方策を取ります。例えば『OSHOカフェを立ち上げ、禅の心意気を和食を通して世界中の弟子たちにサービスしなさい』と、他の国文化の弟子たちにはしたことのない、日本人の背中を優しく押すようなサポートを出してきたりしています。

ある日、突然、ミーラガーデンにオープンした和風で禅的ないでたちのOSHOカフェ。その食事の出し方などのプレゼンも禅的で、その新しく素敵なカフェは大成功をおさめました。多分、インドで初の和食カフェ。ホワイトローブ瞑想を終えた後の晩ご飯の時間には毎晩長い行列ができました。列に並びながら、瞑想後の溶けた脳みそ状態でみんながハグしたり身を寄せあったりしながら、その日のそれぞれの体験をシェアする待ち時間も、とても暖かくて素敵でますますハートに溶けていかれる甘くて美味しい時でした。

もう一つの裏話ですが、この当時のOSHOカフェコーディネーターで美人な N さんは、今のOSHOリゾートの実質的経営陣トップの J さんにこのカフェで見初められて、今でも仲睦まじい二人は表には余り出ないけど、影で支えるような大切な仕事をリゾートの背後で抱えてしてくれています。こういう風に日本式な控えめだけど効果的な在り方で、和の心意気は今も尚、ますます健在なOSHOリゾートです。

案外、日本人は、いろいろな場所で中核を抑えているのかもしれません。そういう時期が来ています!

このOSHO自身の出した方策の意味は、つまり、日本人がもっと表(世界)に出る必要があることを示唆していたのだろうと私は受けとっています。

その後、ずいぶん経ってから、ここ10年くらいですけど、他のスピリチュアル系著名人や作家などがそのことを示唆し始めてきました。しかし、311以後の日本は息途絶えつつあるのではないか?と少し不安になるくらい国家的な健康はまだまだ戻ってきていません。今もなお、経済的なダメージが大きすぎます。誰もが買い控えているために経済が復興しないから、どんどん、元気が無くなっていくように海外に住む私の目には見えています。お金は使ってナンボの物ですし、貯めても復興は起こりません。お金のことを英語でカレンシーと言いますけど、その意味は潮流です。流れなければその水は腐って死んでしまいます。川は流れているからこそ健全で、大海までたどり着き融合し得て、すべてとひとつになるのです。

大海は大きな世界を意味し、最終的には悟り・光明・エンライトメントを表します。

そういう意味でも、OSHOが永遠に残るビデオの前でこのパフォーマンス『太母さんとOSHOの遭遇』を表現したことの意味はとても大きいと、私は感じているのです。OSHOはこの時に、お花を太母さんの頭頂に降らすことと新刊本を手渡すことと同時に、彼のサインの入った一枚の証明書も渡しています。

そこには『私はあなたの光明を認知するとともに共感し、お祝いします。しかし、そこにはもう一歩先がある』といった内容が彼の手書きのサインとともに記されてありました。

その意味はその時にはチンプンカンプンだった私ですが、今となればよく理解できます。上気した秘密の裏話の事実のように太母さんには、まだ、上下関係に対するこだわりがあった。そのこだわりは「わしは光明をずっと前にしておる!」というエゴでもあります。『この光明という神々しい看板のもう一歩先までいきなさい。Beyond Enlightenment 光明の背後に一歩、歩を進めなさい。』というOSHOからの奥の深い慈愛のメッセージがあったのではないでしょうか。彼は年齢差や時空を超えていたからこそ、彼女にこの純粋な愛のメッセージを送ることができたのでしょう。

Being も Non-Being すらも超えてUniversal になる ー 自己という個性の存在性も非存在性すら超えてこそ普遍的な宇宙性が起こる。

一粒の水滴が大海に溶けてひとつになる。
大海が一粒の水滴に溶けてひとつになる。

これはOSHOのお気に入りの言い回し。

そこに差はないから、悟り(差とり)というんじゃ。
加える身と書いて神(加身)と読む。

これは、太母さんの言い回しですが、双方ともに同じことを語っているのではないでしょうか。

そのポデュウムの上から太母さんに対して、慈愛のまなざしを降りそそいだOSHOの左目の放つ美しさやさしさ純粋さを、私は今も忘れません。

その美しすぎるほどのOSHOのまなざしを見ることができたのは、ある事件が起こったからでした。

実は立つべきところじゃないパフォーマンスの終わった後の帰り道のOSHOが真ん前に立った時、数千人の人の前で太母さんは突然立ち上がってしまったのです。後に彼女は『あの人の目を直に覗き込みたかったんじゃ。わしの眼力であの人の体を治してやれる。治してやりたかったんじゃ。』と言っていますが、これも彼女の純粋な慈愛であり瞬発性でもあります。

その時の唐突な行動にでた彼女に対し、本当に優しい目、この世のものとは思えないくらい深い愛に満ちた、とめどもないほどの深いまなざしとともに、左手の平でおすわりなさいと優しく示唆したその優美な動作は今も深く瞼に焼きついています。

素晴らしく美しかった……

まさに、今ここ『真・善・美』の生きた対話が起こった、言語を超えた瞬間を『今ここ』垣間見ることができたのです。

当時、太母さん側の一行は私も含めて、OSHOと太母さんの問答が起こるだろうという期待とともにインドまで来ていましたので、その問答が起こらないという事実には相当がっかりだったんです。ですから、そのがっかり感がずっと今までずっと私の中にもあったのです。

しかし、今、こうして記憶の糸を辿りながら起こったことを記録している内に、実はここで起こっていた事実は、言語を超えている、より深い『存在の詩(うた)』存在同士の出会いであり、対話であったことを再発見することができました。

二人ともにもうボディーを持っていないですが、とてもタントラなOSHOと太母さんの出会いです。

その出会いは時空を超え、次元を超え、『今ここ』に『今なお』存在しています。
この一連のできごとを改めて記録するという機会に恵まれて、大いに感謝しています。

OSHO、太母さん、そしてチャンスをくださったトリニティーさんと読者のみなさまに、深い感謝とともにこの号のペンを置きます。

二人の覚者太母さんとOSHOの静寂と愛を『今ここ』に〜
~ Amalin~

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最後まで楽しんで読んでいただけましたか?

読んでくださった皆さまへの感謝ギフトとして、最後にある「イイネ」ボタンをクリックしていただくと、その瞬間に時空を超えた瞑想のエネルギースペースが皆さまのいらっしゃるその場のいまここで起こるように設定してみました。とても地に足がついている大地の母ガイアとも繋がっているエネルギーです。イイネボタンを押してくださった瞬間に流れ始めますので、そのエネルギーとともに瞑想を始めてください。チチンプイプイ〜〜〜

そのままのゆったりとした姿勢で、目を閉じて静かに呼吸を意識して、数分の間、静かさが心地よく続く間一緒に瞑想してください。その瞑想の中で世界平和を祈るエネルギーも同時に流れます。

真・善・美

こういう風にして、この機会に世界に平和のエネルギーをシェアできるのは、とても素敵なことですね。

ご協力、ありがとうございます!

オーストラリのテンプルより、愛と感謝とともに〜
アマリン〜💗〜

 

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