一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.12 「グランド・マスター」

完璧主義ウォン・カーウァイ節健在の官能映像美!

香港のウォン・カーウァイ監督の実に6年ぶりの新作。準備期間8年、撮影に3年かけ、相変わらずの完璧主義でやっと完成した本作。カンフー映画をウォンが? と違和感全開で観にいったのだが、のっけからのカンフーアクションシーンにしらーっ。しかし、その後の展開とスタイリッシュで官能漂う妖しいばかりの映像にメロメロ。ああ、ウォン・カーウァイマジック健在じゃないの!! とワンシーンたりとも観逃すかと食い入るように観入ってしまった。

そして、ラストは涙が溢れてしかたなかった。このマスターたちの壮絶な生き方、こういう過酷な人生を送った彼らが中国大陸で、香港の片隅で生きて、死んだという事実に胸揺さぶられたからだ。

女性マスターの生き方に涙涙……

特にチャン・ツィイー演じる女性マスターの生き方には涙涙だった。女であるが故のままならぬ事を乗り越え、自身の生き方を貫きひっそり散っていく生涯。覚悟とは言え、辛い。私はこういうストイックな生き方に憧れ、賛美共感する傾向がある。それは私の過去生に起因するのだと思うのだが……とにかく泣けた。過去生どうたらじゃなくても、仕事で頑張っている女性は、彼女の生き方に少なからず共感すると思う。

さて、話はブルース・リーの師匠であるイップ・マンという伝説の武術家の半生を描くもの。彼がグランド・マスターを賭けた戦い、戦争に巻き込まれ没落していく過程、また女性マスターへの秘めた想い、そして香港での門下再興までを、彼と関わる様々な人物の人生も含め活写する。

美術・衣装・音楽・映像……アクション以上の見どころ

俳優たちは実在のマスターたちに指導を乞い、演じる役の拳法を何年もかけ修得してから撮影に入ったというから驚く。彼らが血を吐き、骨折や怪我をして我が物とした壮絶美アクション始め見どころは多い。しかし、私は美術や衣装、音楽、詩的な映像にこのうえなく惹かれた。

美術監督と衣装デザインはウォン作品で長年特筆の仕事をしてきたウィリアム・チャンとアルフレッド・ヤウ。30年代中国の遊郭での女性たちのチャイナドレス、翡翠のアクセサリー、波打つヘアスタイル、眉を細くして、真っ赤な口紅のメイクなど、素晴らしく妖艶で色気があり、おしゃれなのだ。なんてセンスがいいんだろう、とため息しきり。もっと観たいのに、カットが短くじっくり見せてくれない。そこがまたいいのだが。

特に印象的だったのが、チャン・ツィイーが駅で復讐を果たすシーンで頭につけていたレース編みの髪飾り。どうしてこのシーンで? と思ったのだが、女性としてのおしゃれ心は忘れていないということなのか、可愛い髪飾りだけにこのシーンでつけさせるセンスも常人じゃないと思った。

音楽はイップ・マンを演じるトニー・レオンとチャン・ツィイーが対峙するシーンに使われる曲が白眉!! ウォンの映画は音楽がいつも素晴らしいが、この曲は二人の対決と恋心を感じさせて官能的!

欲を通そうとすれば幸せはない。退くことも大事

映像で一番好きなのは、後半の女性マスターが幼少の頃、雪の中で修行を積むシーンだ。少女が武術に魅入られていく様が健気に描かれている。そこへかぶさる父の声。「お前は女優でも、学者でもなんでもなれる。ひとつのことに夢中になれる性格だからだ……」。これはそのまま演じるチャン・ツィイーのことのようなセリフだ。そして、私は改めてこの言葉を噛みしめた。ひとつのことに夢中になれるなら、なんにでもなれるのだ、と。

この父親役を演じるワン・チンシアンの顔も見どころのひとつだ。
こういう渋い味のある、深い人生を感じさせる容貌の役者というのが日本にはさっぱりいなくなった。彼の顔は観賞に値する顔だった。いつまでも何度でも観たいと思わせる。それでこそ、役者だ。

スピリチュアル的視点としては、本作に登場する武術家たちの波乱の人生にたくさんの教えがある。それは、慾を通そうとすれば、幸せはないということ。北のマスター、ゴン・パオセン(ワン・チンシアン)の「退くことも大切だ」というセリフが耳に残る。
マスターたちの人生を堪能して欲しい。

「グランド・マスター」
2013年5月31日(金)全国ロードショー
監督・脚本/ウォン・カーウァイ 脚本/ゾウ・ジンジ、シュー・ハオフォン
出演/トニー・レオン、チャン・ツィイー、チャン・チェン、チャオ・ベンシャン、ソン・ヘギョ、マックス・チャン、ワン・チンシアン
© 2013 Block 2 Pictures Inc. All rights reserved.
http://grandmaster.gaga.ne.jp/

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