人生はこんなにもほろ苦い~スコッチ・ウィスキーは人生を映し出す鏡『天使の分け前』

人生を変える出会い。家族と愛の物語

見終わったあとの、この幸せな感覚はなんだろう。本作の舞台はスコットランド。苛酷な環境に育ち問題ばかり起こしていた若者が、人生を変える出会いによって人生の軌道を取り戻し、愛する家族のために一発大逆転を試みる物語だ。

作品のタイトル「天使の分け前」とは、ウィスキーが熟成する間、年に2パーセントずつ蒸発して失われて行く部分のことを言い、舞台であるスコットランドで蒸留されるスコッチ・ウィスキーは、物語全体を通して重要な意味を持つ。

スコットランドは、1707年に併合されて以来、イギリスの一部となった。私がイギリスに滞在したときに最初に驚いたことがある。15~17世紀には大航海時代に世界の海へ乗り出して植民地支配を行い、18~19世紀にかけて世界で初めての産業革命を経験し、21世紀の現在も王政を敷く英連邦王国の元首国イギリスが、ドアを開けてみれば、難民問題、若者の失業問題、経済問題、離婚率、ドラッグやアルコールの問題など現代的な諸々の問題を抱えたひとつの国である、という現実だった。それでも、自然環境保護への取り組みや、保険や福祉制度、歴史、文学、演劇、芸術、学術、音楽など、文化的価値の創造手、輩出国としてのイギリスが今なお素晴らしく魅力の多い国であることに変わりはない。

 

「スコットランド」の話に戻ろう。イギリスの中でも北方に位置するスコットランドには、南方の牧歌的でなだらかな景観に恵まれたイングランドとも異なって、谷が連なり、湖が静かに横たわる神秘的な自然景観や、たまらなく郷愁を誘う独特の魅力がある。谷に響き渡るバグパイプの音色、首都エジンバラ…。そしてスコットランドが生み出すスコッチ・ウィスキーはあらゆる小説に登場する。

物語の主人公ロビーは、スコットランドの首都グラスゴーに住む、労働者階級の、争いが絶えない過酷な環境に育った若者だ。恋人のレオニーとの間にはもうすぐ子供が生まれるが、職もお金もない。大人になっても親の世代からの負の連鎖を引き継いで、町のギャングに追いかけまわされている。

彼は、かろうじて刑務所行きを免れ300時間の社会奉仕活動を言い渡される。そこで出会った現場指導者であるハリーは、レオニーと生まれたばかりの息子に会おうと病院に駆けつけるも、彼女の父親や兄にまで追いかけまわされるロビーを助け、自宅に連れて帰る。そして、とっておきのウィスキーのボトルを開けて、ロビーの息子の誕生を我がことのように祝うのだ。

ハリーは、ロビーが人生で初めて出会った、信頼すべき、愛ある大人だ。

人との出会いが、人生を、運命を、一変させることがある。たとえ過酷な状況にあったとしても、人は変わることができるし、環境を超えて成長し、幸せをつかむことができるのだ。

 

「イギリスの至宝」と呼ばれるケン・ローチ監督は、実際にそのような環境に育ってトラブルを克服した若者たちのなかから主演のポール・フラニガンを起用し、こんなに味わい深く、底知れず優しい、大逆転も清々しい作品を作り上げた。そこにも、監督の現代の若者への愛とエール、単なるエンターテイメント映画以上の深い価値を感じるが、かといってこの作品に説教じみたところは少しもない。

試写後、なんともいえない幸福感に誘われて、思わずカフェに立ち寄り、普段まったくお酒を飲まない私がホットワインを注文した。実に素敵なほろ酔い気分で、イギリスやスコットランドでの思い出を手繰りながら、「フル・モンティ」などにも見られる、市井の人々への優しい眼差しと希望、等身大のヒューマニティを感じさせてくれるイギリス映画の余韻に、しばし浸らせてもらった。

人生には、ほろ苦い思い出も、甘い思い出もある。その味わいはきっと、ウィスキーのように年輪を重ねながら芳醇さを増していくのだろう。観客は、「人生」という味わい深い物語に思いを馳せ、幸せの余韻を漂わせておもわず微笑んでしまうに違いない。

それが、この物語が観客のためにとっておいてくれた「天使の分け前」なのかもしれない。素晴らしいスコットランドの魔法。是非この幸せな味わいを、堪能していただきたい。

『天使の分け前』
4月13日(土)より銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー
配給:ロングライド、監督:ケン・ローチ、出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー
2012年/イギリス・フランス・ベルギー・イタリア/101分/35mm/1:1.85/ドルビーデジタル、カラー
原題:THE ANGELS’ SHARE
© Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,
Urania Pictures, France 2 Cinéma, British Film Institute MMXII
http://tenshi-wakemae.jp/