家族とは「惑星」のようなもの――。頼りなく迷うように見えて、宇宙の精妙な力で運行されている

家族とは「惑星」のようなもの――。頼りなく迷うように見えて、宇宙の精妙な力で運行されている

宇宙の法則にゆだねる

人生における大きな悩みのひとつに、自分のパートナーや子供などの「家族の問題」があります。

よその家の出来事ならば、「そういうこともあるよねぇ、きっと大丈夫だよ」と軽やかにとらえられる問題でも、自分の家庭のこととなると、「人生を揺り動かす大問題」に思えたりするものです。
そしてパートナーなり子供をきちんと「コントロールしてあげる」ことが、相手のためを思ってする正義なり愛情だと考えてしまう…。

スピリチュアルなメッセージやカウンセリングなどではよく、「自分の価値意識や信念を相手に押し付けるのは良くない」と言われます。
そのとりわけ難しいレッスンの場がといえるのが、「家族」関係でしょう――。
もちろん、相手の話をしっかり聞いたり、一緒に考えてあげることはとても大切なことです。
でも実は――、最終的には自分が「コントロールを手放してゆだねる」ことを学ぶという目的のために、家族の色んな問題が目の前に起こってくるのではないかな、と考えています。そして最終的には、信頼してじっくり見守っていくことだけが、唯一の道なのでしょう。

家族の関係というのは、「惑星」のようなものだと考えています。
たとえば自分を「地球」だとすれば、パートナーは「金星」で、子供が「火星」、といった感じ。

これらの星は、宇宙の中ではものすごく近い距離にあります。
そして、同じ太陽の周りを回っている。まさに1つの家族のようなものです。
でも、「軌道」が同じわけではありません――。

それぞれの惑星は、あくまでも「異なる道」を歩んでいるのです。
ここからがなかなか面白い現象なのですが、近い距離で異なる軌道を回っている惑星は、地上からはどんなふうに動いて見えるでしょうか?――

夜空の星には、それぞれの位置が定まった「星座」があります。
シリウスがいつの間にか大犬座から抜け出ていたり、オリオン座の3つ星が並び方を変えたり、ということは絶対にあり得ないです。

それに対して、金星や火星などの惑星には星座がない。日がたつにつれ、位置がどんどん移り変わっていきます。
だから「惑(まど)う星」と書くわけです。(英語の「Planet」も、ギリシャ語の「さまよえるもの」が語源といわれます)
で、この記事タイトルの下にある図は何かというと――、2つある上のほうのは、日の入り時刻に西の空に見える「金星」の位置の推移です(2013年、画像は「つるちゃんのプラネタリウム」より)。
いわゆる「宵の明星」で、夕暮れ空を見上げて「明るく輝いてきれいだなぁ」と思う人は多いとけど、日々こんなふうに動いているんですね。
何だか、行き先も定まらず、ゆらめきながら旋回している感じですよね…。
そして下の図のほうは、日の出時刻における「水星」の位置の推移です。
何だか不規則に跳ね回るような動きで、「これでマトモなの?」って言いたくなる感じ…。
ほかの星たちはきちんと定まった星座があるというのに、まるで放蕩息子のようです。

でも当然のことながら、金星も水星も、太陽を中心とする精密な楕円軌道上を運行しています。
それなのに、私たちが地上から見れば、「惑ってさまよう」みたいな動きで見えるのです。どうしてこんな不思議な動き方になるのか、考えたら頭がこんがらがってきます…。

家族というのは、いわばこの惑星のように、「近い関係にありながら異なる道を歩んでいる」からこそ、自分の目には心配なほど不安定な動きに映るのだと言えるのではないでしょうか。
でも、いくらそうにしか見えなくても、それは宇宙の法則によって完璧に安定して動かされている。自分はただそれを信頼して、ゆだねればいい――。

この真実を見いだすことが、家族関係を通じた大きなレッスンではないかな、と思うのです。
記事の最後に、終末期医療の先駆者のエリザベス・キューブラー・ロスの言葉を引用します――。

「子供に教えなくても、子供の体はちゃんと成長する。咲き方のセミナーなど開かなくても時期がくれば花は咲くし、いちいち指示がなくても惑星は正確に軌道どおりに運行する。宇宙は、こうした驚異的に複雑な作業を、信じられない巧みさでやってのける」

「私たちが自分を明け渡すことを恐れている相手とは、実はこの宇宙の力そのものなのだ」――