グラウは数多くの悪霊化した『元稲荷眷族』の狐を捕らえてきた。
しかしそれは与えられた権限のその辺をうろついている輩を捕らえるのみだ。
人間に長期間憑依してしまった霊狐は人間の責任扱いになるので、勝手に人から引きずり出せない。やろうとすればできないわけではないが、憑依されていた人間の霊体を著しく傷つける。植木鉢から植木を引っこ抜こうとして土ごと鉢から外れてしまうみたいに、浸透して合霊状態なので憑かれていた人間が落命しかねない。
嘘つき・弱いモノいじめ・浮気症な人に深く合体して憑依したはぐれ狐は欲や粗暴に堕ちた人間の心が為した因縁因果でつながっている。本人か身内が心から理性と知性、愛情で生きる人生を願う場合、神様がお許しになるとつながりをほどき、神様の眷族が人間の魂とはぐれ狐の分離をして、狐を眷族の更生霊界に送る。
はぐれ狐よりも『野狐(やこ)』のほうが派手で見え張りで金銭物品への欲が強く人間をオモチャにして悪霊の部類に入る。
野狐は陽で邪気があり、はぐれ眷族の狐との見分けは明瞭だ。野狐は眷族狐が人間の欲に感化されて成る者もあるが、たいていは偏った陽の気で出来た生まれながらの魔物だ。
雨も降り過ぎると災害になるのと同じで、それも自然の仕組みならしい。善よりも悪の方が目立つから『狐=稲荷は怖い』などという風評になるんだろう。
偏った陽の気とは「欲しい・したい・良く見られたい」で、進化や文明の進歩の力になりもするが、度が過ぎれば破壊の起因になる。
人間の、霊狐=魔物という認識は大陸から来た『白面金毛九尾の狐』の話によるところが大きい。
那須の殺生石は退治された九尾が石になったと伝えられている。いくら魔物でも霊が石になるだろうか?。
眷族仲間の認識では『毒ガスの噴出する場所にある石に封じられた。悪しき考えの人間が封印を解こうとしても、石に近づけば命を落とす。もう九尾は石から出る事はない。』だ。
その段取りをしたのが人間の言い伝えによると有名な陰陽師の安倍晴明の三代目とか五代目とか言われている。
これは間違いではないが、正しくは弓の達人な武士たちに援護された、安倍晴明の三代目と五代目の血を引く従兄弟同志の二人の陰陽師が、霊媒と審神者となって協力して魔物狐の正体を見破り、火山ガスの出る岩に封印したのが真実。
それを実際にその場にいて見ていた先輩眷族が居て言うのだから本当だ。
神様の眷族には人間のような記憶違いや嘘は無い。
たぶん人間社会では、ヒーローは1人の方が都合が良いのだ。
日本武尊さまの双子の弟さまにしても、伝承の中から消されたのかは人間の下品な都合でとしか言いようが無い。百歳を越えて活躍したと伝えられている天海僧正も、実の息子と親子二代で一人の天海として徳川様の為に働かれたというのが眷族界では知れている。
それを思ったあたりで、不意に グラウの心の中に白い霊狐を連れた端整な顔立ちの青年の姿が思い出された。現代でいうと17歳位だろうか。元服を済ませているので当時では十分青年だ。「当時っていつだ。」狩衣姿は平安の装束だと思い出す。
親子なのだ。このお方は。誰の親? 誰の子?
グラウは反射的にこの青年が親になった時空間にアクセスを試みた。何歳だろうか?
老人には見えないが60歳にも30歳にも見えてしまう。
グラウは名を知ろうとするが、意思の壁が意識へのアクセスを阻む。先ほどの姿よりもずっと年月を経て深く深く物事を極めてなお今の自分に奢らない大人になっている。その傍に利発そうな眼差しの10歳程の少年がいる。グラウは少年が『彼』の子だとわかる。少年の心には問いかけができた。答えがグラウの心に沁み入るように伝えられてきた。
「名は吉平。安倍吉平。
安倍は母方の祖母の父の姓でした。
父の本当の姓(かばね)平の血筋に吉あれと付けてくれた名です。
父は父であり、師匠です。
父は安倍晴明、
人には誰にも申せませんが
父の本来の名は平正国。
父の父……祖父は平将門。」
少年の意識に名を問うて帰ってきた意識の答えにグラウは動転した。