ココロセラピストが語る!『FACEBOOKと誕生日』?~時空改変⁉︎「遅ればせながら誕生日おめでとうございます」の罠~

もしうっかり時期を過ぎてしまった誕生日をお祝いしてあげたいと思ったら、その気持ちは素晴らしいことだと思います。 だからこそ裏目に出ないように、個人メッセージでお祝いの気持ちを伝えてあげた方が良いかもしれません。

誕生日

誕生日。
若い頃は成人になるのが待ち遠しくて、誕生日が毎年楽しみ。
でも中年以降になって来ると誕生日が必ずしも嬉しいものではなくなって来る。

人によっては、今も昔も誕生日は大好きという人もいます。
特にどうでも良いという人もいます。

人間関係が希薄な時代です。
少なからず孤独を意識して、心のどこかで寂しさが常に付きまとっていたりすると思います。

誕生日だからと言って会社を休めるわけじゃない。
自分が休みだったとしても家族が遅番や夜勤の仕事だったら集まれない。
というか誕生日と言えども、多忙な現代人にとっては平日の延長上にあるどうでも良い通過点に過ぎないかもしれない。
誕生日を誰かに祝って貰おうなんて夢のまた夢という人もいるかもしれません。

一方で誰かの誕生日をお祝いしてあげようと思っても、自分が幹事を名乗り出たとしても主役の本人が仕事だったという場合もあるでしょう。
誕生日の鮮度こそ落ちてしまいますが、それでも後日、きちんとスケジュール調整をしてお祝いが出来たら、それでも喜ばしいことだと思います。
クリスマスもお正月もマーケティング的なイベントと化しつつある時代で、本来の趣旨に乗っ取ってお祝いする人が減って来ているのではないかと思う今日この頃です。
悲しいけれど、誕生日が軽視されても不思議ではない気がします。

僕の誕生日に対する考えは、祝ってくれる人が一人でもいれば良いイベントかなと思っています。もちろん、価値観は人それぞれですので正解はありません。

 

FACEBOOKと誕生日

今ではもう昔の話ですが、FBを始めたころにビックリしたことがあります。
それは誕生日のお祝いメッセージです。
FBは個人情報を比較的開示するSNSです。
ですので、誕生日になると信じられないくらいたくさんの誕生日メッセージがあちこちから送られて来ます。

誕生日と言えば、家族や友人にお祝いしてもらえたらそれだけでも幸せなイベントです。
でも、誕生日にFBのメッセージボックスを開いてみると、その何十倍も何百倍ものお祝いのメッセージが届くのです。
人によっては何百、何千通とお祝いのメッセージが届くと思います。

FB初心者だった僕はその非日常のサプライズにとても感動した記憶があります。
だって数え切れないほどの人に自分の誕生日を気にかけて頂けるわけですから。

友達がいない。
家族が不仲。
恋人がいない。

そんな人は特に孤独になってしまいがちなので、なおさらFBというヴァーチャルな空間でも画面の向こうにいる生身の人間に自分の誕生日をお祝いして貰えると、自己肯定感が満たされて幸せな気持ちになれます。

ひとりひとりに返信メッセージをすると、とんでもない膨大な時間がかかってしまいます。
しかし、せっかくお祝いしてくれた人を軽視するわけにも行かず、一生懸命コツコツと返事をするという人も多いと思います。

 

なんか……素直に喜べない……?

ところが、何度かこういう経験を繰り返して来るとあることに気がつきます。
それはFBでお祝いして貰えることが必ずしも嬉しくない気がするということです。

人様に自分の事を意識して頂いて、お祝いメッセージを頂くというのに嬉しくない気がするとはどういうことだと思うかもしれません。

確かにその通りです。
でも、これは僕に限った話ではありません。
なんとなくタブー視されている気がしないでもありませんが、実はFBで誕生日をお祝いして貰うことに対して不思議な感覚(ネガティヴ)になる人は少なくないようです。

誰かの誕生日をお祝いすることは良い事です。
他人の存在を尊重し、喜んであげる行為は人としてとても大切だと思います。
だからこそ、誕生日を心から楽しめるようにするためにも一緒にタブーに切り込んでいこうと思います。

ちなみに、FBで誕生日をお祝いされると不快感を伴ってしまう人は設定で誕生日を伏せておくこともできます。
イヤなら我慢しないのがいちばんですものね。
設定方法はネットで検索をかけるか詳しいお友達に聞いてみてくださいね。