ココロセラピストが語る⁉︎『コミュ障』とは?~あなたの対応がコミュ障を作っているかもしれない~

人と接するという事は確かに簡単ではないのかもしれません。時には親しい仲であってもぶつかる事もあります。
ココロセラピストが語る⁉︎『コミュ障』とは?~あなたの対応がコミュ障を作っているかもしれない~

コミュ障?

『コミュ障』という言葉がすっかり定着してしまった今日この頃です。

ちなみにコミュ障とは、コミュニケーション障害の略です。差別用語というか、ネットスラングですね。
とにかく、コミュニケーションがとても苦手とか苦痛とか感じる人の総称として使われている言葉です。

あまり良い言葉ではないのですが、このような言葉が流行る背景としては、やはりそれだけコミュニケーションが難しいという事なのではないかと思います。

この言葉。障害という言葉がついているので、病気みたいな印象を受けますがネットスラングとしての『コミュ障』は医学的なものではありません。誰かが適当にそういうカテゴリーを作ったら広まって定着したものだと思われます。

ここで考えて欲しいのですが言葉の力です。言葉には昔から言霊といってパワーが秘められていると言われています。それが比喩なのかスピリチュアルパワーなのかという話はさておき、少し考えてみたいと思います。

 

エンガチョ?

『エンガチョ』という言葉を聞いた事があるでしょうか。
今の小学生たちがこの言葉を知っているかは不明ですが、僕が子供の頃は、誰でも知っている有名な言葉でした。

簡単に説明すると(僕の記憶によると)、「エンガチョ!」と言って誰かにタッチされると、触られた人はエンガという状態(?)になります。
触った人は、エンガの呪縛(?)から解放されて普通の状態に戻ります。
エンガ状態になった人は自分をエンガの呪縛から解放すべく、他の誰かに「エンガチョ!」と言ってタッチします。

ちなみにエンガ状態になると、どうなるかというと、極端に言えば差別、排除の対象者になります。

なんとなく『鬼ごっこ』に似ていますが、大きく違う点があります。

そもそも『エンガチョ』がゲームなのか何なのかという問題もありますが、ゲームにしては少々不気味です。
鬼ごっこの場合、最初からゲームとわかっていて行います。なので、鬼と言えども差別、排除の対象にはなりません。
あくまでもゲーム中だけの話として完結します。しかし、エンガチョはゲームとして割り切るというよりも、自分に降りかかった災い(エンガの状態?)を他人に擦り付けるという趣旨なので、みんなが、その話題を忘れるまで続きます。

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エンガ状態だと、仲間たちから、今でいう『キモい(気持ち悪い)』という目で見られます。理由は謎です。なので、一刻も早くエンガ状態から解放されなければなりません。ここが恐ろしいのです。自分がエンガの状態から解放されるために、誰かを犠牲にしなくてはならないのです。なので、ゲームと割り切っている人たち同士なら合意の元で良いのかもしれませんが、そうではない人たちにとっては、まるで呪いにかけられたような気分になります。
これをゲームとするならば子供ながらに人間の残酷さが露骨に出た本能的な遊びと言えるかもしれません。
ただ、エンガチョと言われてタッチされただけで、それこそ人間関係が変わってしまう場合もあるのです。
もちろん、それは極端な話で殆どの場合がジョークと受取り時間と共に笑い話になりますが、エンガチョの恐ろしいところは人によってはそれが原因でコミュニケーションに亀裂が入ってしまう可能性もあるということです。

優しい人は、誰かにエンガ状態を移すという事ができません。自分でエンガの状態を食い止めなければならないと考える子がいると仮定したら、その人は自分を犠牲にするしかありません。

誰かにエンガの状態を移して自分は助かりたいと思っても、気が弱い子で自分がタッチしたら、その人や、その人の友達に何をされるかわからないという恐怖に怯えてしまう人もいるかもしれません。

たかが子供の遊び(?)なのに、そんなに深刻に考える時点でコミュニケーション能力が低いのではないかと考える人は少数だと思いますが、もしそのタイプの人がいたら近寄らない方が良いかもしれません。