HSPの過敏さは気の持ちようではどうにもならない―わたもりのHSP講座

もし、今、自分の感覚を誰にも話せず孤独の闇の中に暮らすHSPの方がいらっしゃったら、他にも同じように感じ取れる人がいる筈だと知っていて下さい。仮に感じる内容が違っても、その感覚を否定する必要はありません。人が違えば見え方が違うだけなのですから。
HSPの過敏さは気の持ちようではどうにもならない―わたもりのHSP講座

前回の記事ではHSPがこの世界に存在する理由と、過敏さが増す理由について書きました。
今回はHSPの感覚や直感について書きます。

 

HSPの感覚・直感は気のせいではない

私は昔の私を知る一部の人からは、未だに「頭のおかしい人」と思われているようです。
非HSPには判らない筈の何かを感じ取り、それを相手に言ってしまったからです。
私がHSP(ASP)だと知ったのは38歳だったので、それまでは自分が過敏で人にはわからない筈のものを感じ取っていると自覚が無く、不用意に口に出してしまうこともありました。

どんなことに気が付くかと言うと……。

・その人が他者に強制され本心から望んだ生き方をしていないと気づく
・口にした言葉と本心が違うとわかる
・いつも笑顔でいる「良い人」の心の悲鳴を聞いてしまう
・仲良さげにしている人達の相手への嫌悪感が判ってしまう
・優しいと思われている人の傲慢さ、狡猾さ、汚さなどを感じ取ってしまう

HSPには「良心的」と言う特徴があるため、それを聞いた他の人がそれを悪く受けとるという発想が無かったのです。

また身体感覚なども過敏なため、非HSPでは聞こえないような音を不快だと訴え、「何を訳のわからないことを言っているんだ!!」と叱られることもありました。

年齢を重ね、少しずつ学習し、言動に気を付けるのと反比例して、自分の感覚に対する自信が無くなっていました。

「それを感じる自分がおかしい」「また気のせいなんだ」と。

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氣の持ちようでどうにか出来るのか?

そういう時、大抵の方が「氣の持ちようでどうにかなる」とおっしゃいます。

確かにそれを感じ取った後、感情の処理方法としてそう考えるのも一つの手です。
けれど、中にはその感覚自体を「妄想」「幻聴」「幻覚」等と全否定する方もいます。
「神経質になっているだけ」「氣のせいなんだから氣の持ちようでそう思わなくなる」と。

けれど、HSPだと知り、HSPの性質について理解し、HSPとしての生き方を身に着けた今ではこう思います。

「HSPに氣の持ちようでどうにかしろと言うのは暴力に等しい」と。

それは足が不自由で歩けない方に「根性で歩け」とか、盲目の人に「良く見れば見える」と言っているようなものなのです
HSPはHSPとして普通に感じ取っているだけです。

だから、これをお読みの非HSPの方がいらっしゃったら、今すぐ理解するのは無理でも、知っておいてほしいのです。

HSPの感覚は「気のせい」ではありません。危険を感じ取る為に備わった直感が感じ取っている物です。他の人と比べる事が出来ないのですから、その人の中では「真実」なのです。

私達HSPはその感覚がある故に、時には「臆病者だ」とバカにされ、「被害妄想」「変人」と虐げられてきたのです。

ある程度大人になる頃にはすっかり自分に自信を無くし、他者に心を閉ざした人もいます。感じたことを「気のせい」と思い込もうとし、「自分はおかしい」とコンプレックスを抱えて孤独の中で暮らすことになります。

親兄弟がいても、友人がいても、自分を守るのに精一杯で心を許せる人もいない闇の中にいるのです。
同じ闇の中に、自分と同じように孤独を感じているHSPが他にもいると知らずに。

私達HSPにしたら、判らないことの方が不思議なのです。それはどちらが良いでも悪いでもありません。

たとえ違ってもお互いの感覚を認め合える。それを人は思いやりと言うのではないでしょうか?

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HSPが気持ち的に楽になるには

私が気持ちの上で楽になったのは「自分はこれでいい。これが私なのだ」と思えた時でした。それはHSPだと診断を受けてから2年経った頃のことです。
それまでは自分に自信が無く、普通に振る舞ってはいても常に周囲の人にびくびくしていました。安心できる瞬間は一人になった時だけ。

けれどある日気が付けば自分でこう宣言していたのです。
「私はここに存在しても良いんだ! だからここにいる!」と。
「HSPの改善に必要なもの」参照

HSPは危険を知らせる「群の警告者」であると前回お伝えしましたが、だからこそ、常に「ここにいていいのだろうか?」と無意識に感じていたのかもしれません。

HSPの特性を知り、ホメオパシーなどで身体を整えているうちに自分への自信を取り戻し、心も安定して自己肯定感が生まれたのだと思います。
(本格的に身体を含め自分全てが楽に生きられるようになるにはフード(風土)ヒーリングで身体を整える必要がありました)

けれど、長年の自分の感覚を「気のせい」と否定する癖は残っていました。

そ れを変えられたのはレイキヒーリングの師、流輝先生に「自分の感覚を信じなさい」と繰り返し教えていただいたからで す。
それは、私の世界にさす一筋の光のようでした。

それまで否定され続け、自分でも否定しないと生きられなかった為、その癖はなかなか改善しませんでしたが、その度に流輝先生に「自分で信じなかったら誰が信じるんだ」と諭していただき、自分の感覚を肯定できるようになりました。

それまでは自分の感覚を人に話せずにいましたが、HSPを受け入れ、肯定し、自分の感覚を信じるようになったら、見えない、判らないはずの物事を自分と同じように感じる人たちと出会えるようになりました。

もし、今、自分の感覚を誰にも話せず孤独の闇の中に暮らすHSPの方がいらっしゃったら、他にも同じように感じ取れる人がいる筈だと知っていて下さい。
仮に感じる内容が違っても、その感覚を否定する必要はありません。人が違えば見え方が違うだけなのですから。

その闇は深いかもしれない。
今は、まだ。
けれど、あなたは一人ではないし、時が経てば光が射すこともあります。
かつての私のように。
きっと。

過敏さでお悩みの方にはわたもりの「HSPサポート」をお勧めいたし ます。
次回は「心のあるところ」について書きます。

 

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