公私混同のススメ!?〜Udaraのイタリアンスピリチャアルライフ vol.21

自分の内側への優しい許しを多くの人が感じられたら、他人を思いやる日本の社会がもっともっとハートフルな国になっていくのではと思います。
公私混同のススメ!?〜Udaraのイタリアンスピリチャアルライフ vol.21

私が日本で1990年代に社会人としての教育を受けた時には、ワーク・ライフ・バランスという言葉もなくとにかく仕事優先、プライベートを仕事に持ち込む人間は無能だという考えが主流だったように思います。

 

2000年以降、企業間でも仕事と生活を調和させようとする動きが起き始めたものの人々に刷り込まれた仕事至上主義は根強く人々の仕事に対する態度、姿勢、価値観に未だ強く影響しているように思います。

日本に1ヶ月来日して様々な分野の人々と直接会話をし、多くの人々が、仕事においてもプライベートにおいても充実した人生を送ることを切望をしていても実践していくのは難しいという声でした。

実際に、その問題を突き詰めていくと制度や体制の問題もさることながらほとんどの人々が他人からどう見られるかという問題に終結していきます。とはいえ、他人のことを思いやることを「美」とする日本の文化の中で、誰に何と言われようとも自分はプライベートを優先するという態度を貫くことが難しいこともわかります。

一方で、プライベートを手放し、仕事人間として生き抜けたとしても退職後には地域社会から孤立してしまうなど、どちらか一方を重視することも両立することも難しいというジレンマがあります。

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そこで現在起きている現象は、仕事の顔とプライベートの顔をすっぱり区別し、この2つを全く別世界に乖離させるというもの。

 

この乖離そのものは、そもそも公私はすっぱり2つに区別して扱うものだという価値観からつくられたものです。

イタリア人の価値観の中では、仕事とプライベートがそもそも人生において切り離せる訳がないという土壌の中で成り立っています。

その良し悪しはさておきレジ係が親しいお客と話をしていて長い行列ができても、先生が授業中に子どもの電話に出ても、問題になることがほとんどありません。私自身、夫と仕事をして突然、仕事の約束でキャンセルされたりすると「いい加減」「やる気がない」というジャッジをしていました。

仕事のパートナーとしてきっちり公私を区別しようと意気込んだ私に不思議そうな顔で
「どっちも自分だから区別はできないよ。とりわけ愛のことは」
といわれたその瞬間、何故だか体の内側でハートが驚くと同時に喜びではずんだように感じました。

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公私混同と言っても仕事とプライベートをごちゃ混ぜにして、わがままに生きましょうということでななく、すっぱり分かれてしまった、その境界線を緩め、そこに起きる混沌を楽しみましょうという小さな試みのご提案です。

合理的でなくなったり、最速でなることもあるかもしれませんが、待たされることや突然のキャンセルを楽しむゆとりは心の豊かさを生みだします。

仕事もプライベートもどっちも自分だから区別できないこともあるよね、
という自分の内側への優しい許しを多くの人が感じられたら、他人を思いやる日本の社会がもっともっとハートフルな国になっていくのではと思います。

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