ともくん宮崎からの手紙―! PART.2 みんなの岩戸を開く旅をはじめよう! 百済王のミカド神社と千年王国伝説~前編 その2~

アマテルとイワレヒコ。2人の神武天皇が出会うとき。

初代の神武天皇と、10代目の天皇である、伊勢をつくる原因となった祟神天皇、そして応神天皇は同一人物だという説が近年有力視されていて、それは事実だと僕も思います。

そして、すごく紛らわしい話なんですが神武天皇の別名はカムヤマトイワレヒコ、またの名を(ホホデミ)といった。

これは海幸山幸の、山幸彦の名前(ホホデミ)なんですね。
またしても、男の天照大神であるアマテル(ホアカリ)も、ホホデミが別名であるとそれを祀る神社の神官さんも言っている。

こうなっちゃうと、初見においても全くちんぷんかんぷんで誰が誰やらなんだけれど、つまりわかりやすくいうと日向から上陸し東遷したホホデミこと、日向王子というのがいる。

それがのちに何らかの理由で神話で言う神武天皇の別名にもなったし、最初にいた邪馬台国の王子、アマテルの異名にもなって、邪馬台国から天皇家へと国譲り、王朝交代劇が起こった後、(どっちもホホデミ、すなわち神武天皇)ということにしちゃって、前の王子様と次の皇子2人がホホデミとして同一であるようにカムフラージュされた……

ざっくばらんにいうと、そういうことが見えてきたのです。

そして、さらにはそののちの調査で、タヂカラオと一緒にいた、アメノイワトワケという神様も、とある系図では、日向皇子の別名ということも発見しました。

ここでいう日向皇子とはどこからやってきた、誰のことを指すのか、謎は謎を呼びます。

日本に最初にあった邪馬台国、そこにいた太陽の女王卑弥呼。

そしてそれに忠誠を誓い補佐した皇子だったアマテル(彼女の舎弟)。

最大の謎を握るもう一つの後継者といわれる女王、トヨ。

そして、のちの物語をつくった神武天皇(イワレヒコ)。はたしてイワレヒコとアマテルのあいだになにがあったのか!?

これらの人物が出てくるだけでも、歴史を知らない方でも壮大なドラマが情景のように浮かぶかもしれません。

 

日本最初の王子アマテルは9代目、開化(かいか)天皇のことだった?

9代目の天皇は、開化(かいか)天皇といいますが、ともくん的には、この開化(かいか)天皇がアマテル(饒速日こと前にいたホホデミということ)であって、その次に祟神や応神天皇と同一視された神武天皇(のちのホホデミ)がやってきたとみています。

この神門神社でも、貞家王のことを百済王族といわず「震旦国(中国)の帝」と江戸時代まで言っていたといいます。

中国の王は秦の始皇帝であって、その末裔であるのちの陰陽師たちになっていった秦氏、この一族につながっていきます。

百済王族はやはり秦氏に秘密がつながっていくということが、見えてくるんです。

神武天皇はイスラエルはガド族出身のものであるから「ミ・ガド」といわれるようになり、ミカドという言葉ができたというイスラエルのラビ(教師)もいました。「日本からイスラエルで予言された聖書の救世主が未来に出現するとすれば、それは皇室の先祖ではないか」

というお話もあって、非常に興味深いと思いました。

ただ疑問なのが、教科書でもわかるように、魏志倭人伝で描かれた邪馬台国の所在地から、卑弥呼たちがどうなったかは、全く触れられていないという点です。

まるで神隠しにでもあったかのよう。そのあと忽然と3世紀辺りから、天皇の物語につながるけれど、このあたりから次第にアマテル(男の皇子)がアマテラス(天上の女神)にかわっていって、岩戸の中に隠れてしまったのかもしれません。つまり、本物の天照大神は、まだ天の岩戸から出現をしていない……!

その救世主は、天の岩戸から将来出現する、アマテルに対応するとみていっても面白いのではないでしょうか。

(百済皇子の服)

考えや説はいろいろあるけれど、肯定にせよ否定にせよ、いろんな意見でそれらを話し合ってみるのも真実究明の布石として、とても意味があることかもしれませんね。

またファンや読者で想像してみてもこういう話題はすごく面白いと思います。

旅は次回後編へ続きます…………

 

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(トップ画像は比木神社の竜の銅板)