KUSAKA SAVIOUR 新訳
~日本神話~ PART 3太陽少年 前編

みなさんこんにちわ! ともくんです! ついに先日から始まりました! トリニティ連載の新しいシリーズ 古事記や日本書紀などの日本神話のさまざまな謎や真相多くの知識を得てゆけるフィクション小説 「KUSAKA SAVIOUR 新訳 ~日本神話~」第3話をお送りしたいと思います。 さまざまな古代の神話の物語が現代によみがえる…… (注※物語はフィクションです。登場する人物 場所は一部の場所を除き実在のそれとは一切関係ございません。 物語としてデフォルメし対応させてわかりやすく描いてあるので続きを期待していてね♪)
KUSAKA SAVIOUR 新訳<br>~日本神話~ PART 3太陽少年 前編

日本神話の隠された事実を学べる連載小説!

~あらすじ~

昭和東京オリンピックの日、主人公ちい子は川のほとりの神社で謎の青い瞳の少女に出会う。

ちぃこの息子テルヒコが生まれ、学生時代より謎の夢に導かれるようになってゆく。少女の謎、照彦の夢。ちぃ子の成長と進化。平成のオリンピックの当日すべての物語の岩戸は今幕を開けた

※原作 ともくん 小説のキャラクターデザイン※作画  トム/白ノ希望/あらら

 

KUSAKA SAVIOUR 3話(テルヒコの天国観)

テルヒコの天国と地獄

世界中の罪や穢れ、屈辱というものを一心不乱に背負う宿命がもしあったら、そんなものを
だれしも自分が背負いたいとは思わない。
それを背負おうと思うものがいたとしたら、そいつは神様だよ。
到底普通の人では、それは嫌だとおもう。
SAVIOUR(救世主)というのはだれよりもそういう想いをする存在なのだろうか。
最高の地獄に落とされて、それを全人類に祝福されること。
地獄へ落ちることを祝福されることが宗教となったこの地球という惑星は
いま、確かに悪魔が回しているとしかぼくにはおもえないんだがなあ…………
僕は人々がいう天国というものが嫌いだ。
そう学校の校舎で僕はおもっていた。だからといって
地獄が好きなわけでもない。楽園にみんなが住めるなら、世の中が平和ならそれが一番いいに決まっている。
でも、偽善的でいい人ぶって言葉はきれいだけれど
去勢された羊の群れみたいな人々がいるような天国というのは
ほんとうに天国だ、楽園だと感じられるようなところではないのではないか?
そうおもうからである。そもそも宗教家の天国って、かなり自分たちの認めた人たちだけしかいけないことになっていて
そういう都合のいい作られた虚構の天国というのも、心が清らかな人のものなのか? なんだか本物ではないとおもう。
きっとそれって、見栄っ張りの人が住む地獄に近いものかもしれない。そういう反発心が僕の胸にくすぶっていた 。
この世の中には天使と悪魔がいて、天使と悪魔が入れ替わって世界を運営しているとしたら
僕はすごくうなずける。ひねくれ者って思われるかもしれないけれど
正直言ってそう思ってしまうような現実ばかりがおおすぎるじゃない。そんな僕は今地獄に住んでいる。
僕は照彦(てるひこ)。いま13歳。剣道の帰りです。
ああいや、名前はゴミだったか。そうか。それかよく男子から頭をたたかれる「欧米かっ!」というあだ名かな
よく頭を廊下でたたいてさらし者にされるのである。女子からは
「最初はいい人と思ってたけど、いじられて気持ち悪いからかかわらないようにしよう」
といわれるようになった。そういうのも慣れている。自己評価は「僕は気持ち悪くてみんなからは死んだほうがいい人間」
なんだなと思って生きている、今日も……。
この名前のせいで周囲の人からは「あああフラメンコの……」といわれるんだけれども。
最近その意味がようやく分かって、平成生まれの平成育ちにはわからない
旧世代のたとえだったので困惑してしまった。ほんとうに大人とのジェネレーションギャップはこういう時に感じる
僕自身学校の生活にも慣れて、中学のくらしに適応できているみたい。でも剣道だけはイメージと違っていて、これ以上長く続くかわからない。

学校の先生も軍隊のように怖い。なんかあったらすぐあざが出るほどに殴られるんだから。
でも、そのくせ自分たちはいじめや 非力な生徒たちからお金をだまし取る不良少年たちを取り締まったり、そういう人を殴らない。
すごく優しくかかわっている。ビビっているのだろうか?
こういうのの一つ一つを観察していると「大人って嘘つきだな、基本的にみんな信用できないんじゃないか」
そうおもってしまう。こないだだってクラスで自殺者が出た。
だけれど、先生は「クラスの子に問題があったので、その理由をみんなで道徳の時間考えましょう」
としか言わなかった。なんだその収め方。僕はこの時限りは内心腹が立った。
大人の人って子供の時から怖い存在だったけど、ちゃんと言うことを聞いていたら、正しく物事を教えてくれる立派なものかと思っていた。
もちろんそりゃ ないとは思うが、まさかここまでゆがんだ人々が多いとは。
子供ながらに何もわかっていなかった。
その数日後、先生がいじめの標的となったと友人が言ってくる。ベランダに締め出され、新任教師の英語の先生。
僕らの担任だったから、大人のプライドが全面崩壊だった。先生あらあら、泣き崩れちゃった……
ベランダの外で生徒たちに猿のように嘲笑され 泣き崩れるきれいな先生がめもあてられなかった。自分も同じことをされているような気持になってしまう。
僕もこのどうしようもない状況、にげ出したい、そういう感じだった。というか僕が休んだ日にそう言うことになったというので
衝撃的だった。