出雲神で一番小さくても努力家!? 身体は小さくても心は大きい努力の神☆少彦名神5

歩を早めて進んだその先は、重なり合った木々の影も途絶えて明るく開けた場所でした。

(あ、あれ? なんかイメージと違う……。)

怖いと思って近づかない場所だったので、もっと鬱蒼とした木々の中におどろおどろしい祠や社があるものと思っていただけに拍子抜けです。

 

鳥居をくぐった先に階段があり、その先には小さな御岩宮祠が鎮座しています。

「綺麗……。」

ポツリと口から零れ落ちた言葉は、怖いとは真逆のもの。まるで、今までの暗く細い道は終わり、ここからは広く明るい世界が待っているのだと伝えてくれているようです。
それはまるで、人生のどん底期からもがき這い上がり、僅かな光を頼りに信じて進んだ先に、ふいに全てが終わったよ、新しい人生が始まるよという合図のように、スコーンっと何かが抜けたような感じを受ける場所でした。

祠土台になっているのが「お岩さん」と呼ばれる大岩で、神は海からお越しになると信じていた古代人が、海から辿り着いた神様が真っ先に辿り着く岩として、神の依り代として祀られてきたそうです。

(なんだか人生の行く先を示す目印みたいだわ。)

天を指す三角の磐座に、一つの成果を出してやり切ったと自分を誇った過去の自分を思い出しました。

『苦しかった時期はここでいったん終了。
逃げずに小さな光を頼りに進んだ者たちが感じる区切りに似ているね。その区切りは新しい始まりの合図でもある。
区切った先は違う世界だ。
過去に捕らわれず、引きずられず、それを教訓として進めばいい。ここまで来れたことを誇ればいい。それは君ら人の努力の賜物だ。
神々はその道を指し示し、追い風を吹かして人の縁の糸を長く棚引かせ、次への縁へと繋ぐことが出来るけれど、最終的に決めるのは人だ。
ここから先、進むかどうか決めるのは君だ。』

 

磐座に触れる私に少彦名神の声が風に乗って届きます。

「決めるのが人なら、私は進わ。その先にもっと観たい景色があるの。」

磐座に拝礼し、また再び鬱蒼と茂る木々の小道をさらに奥へ奥へと進んでいったのでした。

続く。

 

《沙久良祐帆さんの記事一覧はコチラ》
http://www.el-aura.com/writer/sakurayuuho/?c=88928