私たちは、誰もが自分の世界で生きています。 〜みんな同じ大地に足を置いて、同じ場所にいて、同じ空気を吸っているのに 違う世界を見ています。〜

あなたには、あなたが認識できる世界があります。

「1本の木は、それぞれに存在にとって、まったく違うものに捉えられます」

大きな木が、あなたの前に空高くそびえ立っていて、
あなたはその木を見上げています。
あなたは目の前に木があることを認識しています。

そのあなたの足元にアリが歩いていたとしたら⁉︎
きっとそのアリは、木を認識することなく、あなたの存在にも気がつかないかもしれません。
アリにとって、木もあなたも周りの風景の一部です。
もしかしたら風景にさえ気づいていないかもしれません。
アリにとってその大きな木は、今まで目に入ったことさえないかもしれません。

あなたの後ろに巨人がいたとします。
巨人にとって、大きな木は足元に生えている植物の一つにしか見えないかもしれません。
足首のあたりに葉がチクチクする草としか捉えられないかもしれません。
まして巨人にとってアリは、その存在さえ気づかないかもしれません。

1本の木は、それぞれに存在にとって、まったく違うものに捉えられます。

 

「自分が認識できる世界で、それぞれが生きています。
自分が認識できる世界で、私たちは生きているのです。」

アリの目、あなたの目、巨人の目は、同じ場所にいても、違うものを見て、きっと違う世界を生きています。

あなたの目の前にそびえる大きな木は風が吹くと木々の葉がゆれてさわさわと音を立てていて、あなたはそんな様子や、葉の間を飛び交う鳥たち、枝を走り抜けるリスなどの生き物を眺めているとします。

そのあなたの足元のアリには、木が認識されず、リスや鳥たちが飛び交う様子にはまるで気がついていません。
その存在にも気づいていません。
アリたちには、大地に転がる小さな食べ物が見えています。
大地を這う他の生き物たちが見えています。

それらは、あなたにも巨人にも見えていないものです。

アリたちには、自分たちが認識できる細かい世界があります。
あなたには、あなたが認識できる世界があります。
巨人には、巨人が認識できる大きな世界があります。

みんな同じ大地に足を置いて、同じ場所にいて、同じ空気を吸っているのに
違う世界を見ているのです。

自分が認識できる世界で、それぞれが生きています。
自分が認識できる世界で、私たちは生きているのです。

 

「この時代‼︎ 同じ大地‼︎ に生きているのに、世界が違うとその存在に気がつかずに生きることもできるのです。」

芸能やモデルなどの世界で、いかに目立つか、いかに飛び出るか! の世界に生きる人は、同じ意識を持つ人たちが注目する存在になっていきます。
研究者は、研究者の世界に生きる存在に注目していきます。
政治家は、政治家の世界に生きる存在に注目していくといったように。

同じ業界の存在が浮き上がるように見えてくるのです。

私たちは、自分の世界とかけ離れた世界の人たちには意識が向かないことがあります。
気がつかなくなるといった感じです。
ですから、ああ! こんな世界があって、こんな人たちがいるのだ‼︎ と、時折驚くことがあります。

この時代‼︎ 同じ大地‼︎ に生きているのに、
世界が違うとその存在に気がつかずに生きることもできるのです。

私たちは、誰もが自分の世界で生きています。

 

 

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