瞑想はただ「現れる」ものです。湧き上がる泉のように、内側から溢れ出てくる感覚です。
〜この世界の奥深くに渦巻く、たったひとつのエネルギーに溶けることが瞑想です。〜

瞑想は「する」ものではありません。 瞑想は「現れる」ものです。
瞑想はただ「現れる」ものです。湧き上がる泉のように、内側から溢れ出てくる感覚です。<br>〜この世界の奥深くに渦巻く、たったひとつのエネルギーに溶けることが瞑想です。〜

「この身体と私という自我の意識が、ここに現れる以前の状態は、ただ「在る」というものです。」

瞑想は、ただ座って目を閉じるだけのものではありません。
瞑想は、この世界のもっとも奥深くへと誘うものです。

瞑想する! というのも本当は正しくありません。
瞑想はする! ものではなく、ただ起こるものです。

瞑想をする! という意思を持つと、
何かを探してしまいます。
私たちは何か行動を起こそうとするとき、
変化を探し、目的と結果を見出そうとしがちです。

瞑想は活動ではありません。
瞑想は「する」ものではないのです。

今私たちがこうしてここにいて、
自分がいることに気づいていますが、
瞑想は、この私を超えたところに到達します。
超えたというと、この身体と心の先にあるような感じがしてしまうので、
反対に内側に超えるものだと感じてみてください。
瞑想は、この私という存在が、今ここに現れる以前の状態に戻るものです。

この身体と私という自我の意識が、
ここに現れる以前の状態は、
ただ「在る」というものです。

私の身体はどこにもなく、
私という自我さえもどこにも存在しない状態です。

 

「瞑想は「する」ものではありません。瞑想は「現れる」ものです。湧き上がる泉のように、内側から溢れ出てくる感覚です。それが私たちの本質です。そこには、あなたや外側の世界もなく、私さえ存在しません。」

この世界のすみずみに至るまで、
そのかけらさえ存在しません。
それが「在る」という状態です。

瞑想が難しいと多くの人が感じています。
それは、目を閉じると思考が次々やってきて、
にぎやかで仕方がない、思考が止まらないことに意識を向けてしまうからです。

でも、その思考は、目をつぶったから気がついたのです。
目をつぶるまでは思考に気づかずにいたはずです。

思考に気づかずにいる私たちは、
いつも思考に操られてしまってばかりです。

ところが、目をつぶった時から思考に気がつきました。
思考をしていることに気がついたのは誰でしょう?
それこそが、「在る」存在です。

思考は自我がしています。
それを「在る」が、観察している状態と言えるのです。

自我はものごとをはっきりつかむことをしたくてたまりません。
ですが、「在る」は、ただあるがままにすべてを観察しています。

自我はものごとをはっきり把握したいという欲求を持って、
見るものすべてにあれこれ定義付けていきたいのです。

瞑想によって、ただ在る状態に向かう時、
ただ在るという、何ものにもフォーカスしない意識を
どう捉えたらよいのかわからず、
また、自分のいつもの状態と違う感覚が現れたことに戸惑い、
理解できないことに対して思考をふりまくことがあります。
次々思考が降ってくる状態です。

それは、ただ在るという純粋なエネルギーに満ちていくとき、
思考が洗われていく状態とも言えます。

ホウキで吐き出されている思考のごみと同じです。
ごみをつかまず、ただ外に吐き出していきます。
すると、ただ消えていきます。
思考を消そうとするのではなく、出るに任せて放っておくのです。
すると、どんどん掃除がされていきます。
思考につかまらず、ただ流していきます。

思考に干渉すると、思考の流れにつかまってしまいます。
でも、思考に一体化していると気付いたなら、
ただ離れるだけで良いのです。

瞑想は「する」ものではありません。
瞑想は「現れる」ものです。
湧き上がる泉のように、内側から溢れ出てくる感覚です。
それが私たちの本質です。
そこには、あなたや外側の世界もなく、
私さえ存在しません。

 

「たったひとつの本質から、ひとりひとりが感じ動いていくなら、この世界は、もっと美しいものになっていきます」。

多くの人が瞑想を体験することで、
この世界はもっともっとひとつのものになっていきます。

ひとりひとりという個々の身体を持ちながら
たったひとつの本質から、ひとりひとりが感じ動いていくなら、
この世界は、もっと美しいものになっていきます。

この世界の奥深くに渦巻く、たったひとつのエネルギーに溶けることが瞑想です。
そして、その場所から自分を生きることができるようにするのが瞑想です。

3月7日五反田にて瞑想会を開催します。
瞑想が初めての方もご参加できます。
本質に浸り「在る」状態を体験していただくことができます。
瞑想はただ「現れる」ものです。
湧き上がる泉のように、内側から溢れ出てくる感覚です。

五反田瞑想会の詳細はこちらをご覧くださいませ。
http://www.trinitynavi.com/products/detail.php?product_id=1741

 

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http://www.el-aura.com/writer/takamizawa-sachiko/?c=96423