地球はひとつの生命体です。 ~世界中の人がこれから、 ひとりひとりは全体を映していて、 全体はひとりひとりの中にあることを知っていきます。~

これから当たり前のように世界全体は、 ひとりひとりは全体を映していて、 全体はひとりひとりの中にあることを知っていきます。
地球はひとつの生命体です。 ~世界中の人がこれから、 ひとりひとりは全体を映していて、 全体はひとりひとりの中にあることを知っていきます。~

~身体全体とひとつの細胞は同じものです~

私の身体は、父親の細胞ひとつと母親の細胞ひとつが
溶けてできたたったひとつの細胞が、
2個、4個、8個、16個、32個と分裂しながら出来上がりました。

出来上がった身体には、心臓、肝臓、骨と言ったよう部位がありますが、
身体は部位が寄せ集まったものではなく、
たったひとつの細胞が分裂を繰り返しながら自分自身を拡大し、
細胞自身の全体を現したものがこの身体です。

ひとつの細胞は、身体全体のすべての細胞と対応し、
ぞれぞれが経験していることを知っています。
身体はいつでも全体として機能しています。

身体全体とひとつの細胞は同じものです。

 

~私の身体は、いまここで感じていることをそのまま、物質的に現しています~

肝臓と心臓が別々の活動をしたことはなく、
骨と皮膚がバラバラに機能することも不可能です。

例えば今、こうしてパソコンを打っていて、
作業に参加しているのは指だけでなく、
指を動かすために身体全体がこの作業に参加しています。

そして、心に思うこともまた、身体に影響を与えています。
ふと不安を感じると胃がきゅんと縮こまったり、
怒りを感じると身体全体が硬くなったり。
ネガティブな感情は、血液の流れをとどめて、臓器の機能を低下させます。

私の身体は、いまここで感じていることをそのまま、物質的に現しています。
私の身体はひとつのものとして活動しています。

私の身体が、今ここに感じるものをそのまま現しているように、
私が感じるものは周囲にも現れ、場や人の状態に影響与えています。

私とは、いまここで独立した身体をもつものではなく
私は全体の中で動いている存在なのです。

 

~空から広がる大地を見下ろす時、そこに国境はありません~

私たちは、あの人、この人というように人ごとの単位を見て、
地域や国ごとの単位をとらえ、
宗教ごとの単位、
肌の色ごとの単位、
年齢による単位、
学歴ごとの単位……、
いったいどれだけの単位をもって、ものごとを図っているでしょうか?

私は飛行機に乗っているとき、外を見るのが大好きです。
ジョン•レノンの歌を思い出しますが、
広がる大地を見下ろす時、そこに国境はありません。

いったいこの大地のどこからどこまでの範囲が何宗で、
どこからが他の宗教なのか?

例えばどこからどこまでの場所で誰かの権力が大切にされ、
どこからその権力が大切にされなくなるのか?

それをどうやって見分けることが出来るのか?
空からはわかりません。

世の中の特定の地域にはさまざまな考え方があるけれど、
その境目はいったいどうなっているのでしょう?

どこかに境目があるはずです。
境目の人は異なるふたつの考えを両方持ち合わせているのでしょうか?
それともまるで1cmの線を境に一気にかわるのでしょうか?
不思議に感じます。
広がる大地を見下ろす時、そこに国境はありません。

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~季節ごとに世界を旅する渡り鳥は、パスポートを持っていません~

季節ごとに世界を旅する渡り鳥は、パスポートを持っていません。
パスポートという考えがないので、彼らは自由です。
渡り鳥にとって、住まいは日本とかアメリカとかではなく、
渡り鳥にとっての住まいは地球です。

風もまた、国籍も国境もありません。
地球をぐるりと旅する存在です。
あるときはアラスカの木の葉をなでて、サファリの砂を動かして、
日本の桜を優しく揺らしていく。
風はただ、地球を感じながら動いています。

月の光もまた、国も肌の色も宗派も関係なく、あらゆるものをその光でなでています。
太陽もまた、誰のものでもありません。
太陽はすべての命にとって大切なものです。
人間のものではなく、うさぎやコスモスの花にとっても同じ意味を持ちます。