生きとし生けるもの同士の愛情物語〜動物も植物も「意識と愛情」を持った私たちと同じ存在

動物の身体を利用したり、植物を抜いたり切ったり、人間は様々に彼らを利用します。モノとして扱うのではなく、意識を持った命として、敬う心を忘れずにいてほしいと心から思います。

<植物は機械ではありません。ひとつひとつが個性を持っていて、意識を持った命です。>

人間だけが愛情を持っているのではありません。
命は愛でできています。
どんな命も意味があり、意味のない存在はいません。
楽しみや遊びのためにハンティングをしたり、自分の腕を試すために生き物を的にする映画のシーンなどに、私はとてもとても胸が痛みます。

人間が中心になっているこの世界では、動物や植物たちは道具のように扱われることがあります。動物や植物には自分の暮らしがないと思っている人がいます。名前も住所もないのだから、人間が自由に所有できるのだと。

また、動物や植物には感情がないと思っている人もいます。
動物の身体を利用したり、植物を抜いたり切ったり、人間は様々に彼らを利用します。モノとして扱うのではなく、意識を持った命として、敬う心を忘れずにいてほしいと心から思います。

 

<植物はあなたの心を感じています。あなたの愛情で育ちます。>

私は植物の専門家という肩書きがあり、いろいろな質問に答える場面がありますが、例えばラヴェンダーはどんな土に植えたら良いか、土のpHの値はいくつにしたら良いのか? どのくらいの頻度で水をあげたら良いか? どんな肥料をいつあげたら良いか? いつ、刈り込みをしたら良いか? といった質問に答えることき、実はため息が出ます。

気にかけることはいいのですが、植物をまるでモノのように捉えているように感じるからです。マニュアルがあって、その通りにすれば良いと考える方が多いからです。

人生にマニュアルはありません。今、必要なものを感じて動いていくことが大切なことです。
例えば、チューリップをどう育てるか? いつ球根を植えて、どのくらい水を与えるかといった育て方があったとしても、1本1本のチューリップが違うチューリップです。ましてや、北海道から九州までどこで育てるのか? 日当たり、日陰、斜面なのか? 平地なのか? 海が近くか山が近くか? あらゆる要素が加わります。

すべての土地が違う土地です。我が家の庭と、隣の家の庭の土も違うし、風の通りも、日当たりも、環境もすべてが違うのです。地域で判断することもできません。

その命に敬う心を向けるなら、チューリップが求めているものが感じられると思うのです。
植物は機械ではありません。ひとつひとつが個性を持っていて、意識を持った命です。
どうぞ、動物や植物に、地球で共に生きる仲間として心を向けて欲しいと思います。

土のpHを設定し、水を三日置きに与え、二月と八月に肥料を与えるというマニュアル通りにしたら、植物は完璧に育てられる! そんな風に捉えないでください。植物はあなたの心を感じています。あなたの愛情で育ちます。

犬や猫は自分になついてくれて自分の顔を覚えてくれて、呼べばこちらにやってくるから意識があって感情があると感じます。
ですが、植物は動かないし、呼んでも答えないから犬や猫とは違うと思うかもしれません。

いいえ、動かなくても、呼んでも返事がなくても、ちゃんとあなたを感じています。あなたを感じているだけでなく、今この瞬間この世界全体を感じています。植物に、動物に、あなたの周囲のあらゆる命に意識があることを知ってください。
植物は機械ではありません。ひとつひとつが個性を持っていて、意識を持った命です。

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<手のひらが今もあの命の感触を覚えています>

寒さの中に少し、春の気配が現われるようになりました。
空気の中に春の匂いを感じる日が来ると、4年前の出来事を思い出します。
それは本当に素敵な思い出で、何度思い出しても心が温かくなります。

その日は温かい日差しが降り注いでいたので、ベランダに出て山々を眺めて深呼吸をしてから朝の支度に取り掛かりました。
私の住まいは、パティオを抜けてベランダに出る形になっています。
パティオとは、中庭につけられる名前です。二階に住まいがあるので正確にはパティオではないのですが、透明なボードで屋根と壁があって、もしかしたら温室と呼ぶ方がふさわしいのかも知れません。
朝一番に深呼吸してから、パティオの扉を閉めて室内に戻りました。