自然は癒し〜なぜ、エネルギー体(魂)が
のびのびできるのか〜

人がたくさん集まる場所に行った後、とても疲れた感じがするのは、いろいろなエネルギーに反応したためです。
自然は癒し〜なぜ、エネルギー体(魂)が<br>のびのびできるのか〜

<自然の中に身を置くとき、エネルギー体がのびのびします。>

自然の中に身を置くと、癒やされると誰もが感じます。
どうしてでしょうか!

私たちのエネルギー体(魂)は、身体を取り囲むようなたまご型をしています。
誰か人に会って、ああ疲れたなと感じるときはエネルギー体が収縮しています。そんなときは肩がこったなと感じます。
都会にいるとき、目には見えないけれど、ひとりひとりの体を取り巻くエネルギー体を感じているし、反応もしています。
その証拠に、初めて会う人に、どこがとは言えないけれど嫌な感じがするとか、苦手だと感じることがあります。
理由はないのにそんな風に感じるのは、エネルギー体が反応をしているからです。

磁石のマイナスとマイナスを近づけると反発するように、なんらかのエネルギーの反応をしているからです。
例えば、責任感のない人は嫌だという考えのある人は、責任感のない人のエネルギーに反応します。感覚として反応しているので、頭ではなぜかなあと思いながらも、内側の感覚は嫌だと感じているのです。

人がたくさん集まる場所に行った後、とても疲れた感じがするのは、いろいろなエネルギーに反応したためです。
建物には建物のエネルギーがあります。どんな思いで、どんな状況の中でそれを建てたのかといったエネルギーがありますし、土地にもエネルギーがあります。土地には、今ここに住んでいるまたは活動している人たちのエネルギーがあり、また過去に起きたさまざまな記憶もあります。戦場や誰かが戦った場所かもしれません。
そうしたエネルギーとも、自分のエネルギー体は交流しています。
さまざまな情報交換をしているのです。

自然の中に身を置くとき、エネルギー体がのびのびします。
あれを早くやりなさいという上司からの圧力もなければ、近所付き合いの気兼ねもなければ、誰からもエネルギーを押されることもありません。売上や競争のエネルギーが動いている土地でもありません。

193005704

 

<自然界はあるがままです。>

樹木も花も、完全に今この瞬間の自分自身を生きていて、どこにも圧をかけてはいません。
自然界に圧力はありません。
ナラの木が、実は杉の木にはもう少し低くなってもらいたいとか、そばから離れて欲しいとか、あの濃い緑色は好きじゃないなどと思うことはありません。

自然界はあるがままです。

植物は、誰がどうだからなどと、横目で周りのことに気を使うことはありません。
ただ、自分自身の命を燃やすために、今、この瞬間を生きています。
植物は純粋意識の現れです。
ゆがみはありません。
そうした純粋意識の現れの中に居ると、心も身体もゆるんで広がっていきます。

なかなか自然の中に行けないのなら、葉っぱの一枚に自分のハートを重ねてみます。葉っぱの一枚には、樹木全体があります。
葉っぱの葉脈を通る水は、大地に張り巡らされた根っこが、大地深くから水を吸い上げて、樹木全体をめぐらせ、葉っぱの一枚一枚にも届けたものです。

345781682

 

葉っぱの中に流れる水は、海から蒸発して雲となった水が、
旅をしながら世界を眺め、大地に惹きつけられて降り注いだ水です。
この水は地球を知っています。そしていずれ海に帰る水です。
水は、蒸気になって空を舞い、水になって大地を洗い、川になって海に帰り、地球を循環しています。循環しながら植物を育てています。

一枚の葉にも、地球が描かれています。
そうした流れに意識を沿わせて、固くなったエネルギー体をほぐすこともできます。

自然は癒しです。

 

《高見澤 幸子さんの記事一覧はコチラ》